夢と折り合いをつける-BACKBEAT感想-
先日、A.B.C-Zの戸塚祥太くん主演、ふぉ~ゆ~の辰巳雄大くん出演のBACKBEATを観劇してきました。
出演者全員最高に顔がよくて、音楽も良くて、とっても良いものをみたなあ、と思ったので感想を記しておきたいと思います。
デビューする前のビートルズのハンブルク時代を描いた今作、戸塚くんのあんなシーンやこんなシーンが盛りだくさんの1幕もとっても良かったんですが、すごく心に残ったのが2幕で。
BACKBEATもまた、「夢と折り合いをつけていく」お話だなあ、と思いました。
子供の頃って、無邪気に夢を見ていたとおもうんですけど、大人になるにつれてだんだん難しくなってきますよね。それってなんでかな〜とおもうと、現実だったり自分のことだったりが分かってくるからかなあ、なんて思うんです。
陸上の為末大さんが「諦める力」という本の中で、「やりたいことではなく、自分にあったことをしなさい」というような話をしていたと思うんだけど、やりたいことと自分の能力って必ずしも一致しないんだよねえ。
一方で、応援屋の中で五関さん演じる桂馬さんが「自分は身長2メートルの馬鹿だ」(周囲に向いてるよ!と言われたばっかりに好きでもないことに時間を使ってしまった)という話をしてたみたいに、自分の能力や周囲の期待に合わせるばっかりに、自分を見失うっていうリスクもあるんですよね。
だからこそ、「自分の意思(=やりたいこと)」、「自分の能力(=できること)」、「周囲の期待(=求められていること)」のバランスを取ることが、大人の夢の叶え方なのかなあ、なんて思うんです。
BACKBEATは、そういう意味で、ビートルズの五人が、子供から大人になっていく様を描いた物語だなあ、と思います。「自分の意思」によるやりたいことだけを無邪気に追いかけられていた1幕と、「自分の能力」、「周囲の期待」を認識して、取捨選択を迫られていく2幕。
戸塚くん演じるスチュは、そもそも友達のジョンに誘われたからバンドに入っただけ、という役柄です。
1幕では5人での活動を通してバンドの活動も大切になっていく様子が描かれていますが、本質としては「画家」なんですよね。それをアストリッドとの出会いで思い出していく。「自分の意思」を思い出してしまうわけだ、良くも悪くも。
このタイミングでのスチュの夢は「ジョンたちとバンドを続けながらも、自分の本質である画家もやる」ことなのかなあ、と思います。
スチュの「能力」面を見ると、画家としては天才だけど、楽器はいつまでも上手くならない。それでも1幕の時点では良かったんだと思うんです。なぜなら、バンドが「プロ」じゃなかったから。下手でも、片手間でも、楽しければやっていけた時代。
それが許されなくなるのは、ポールを中心としたメンバーが「プロ」を目指すようになったからかなあ、と思うんです。そういう意味でスチュを変えたのはアストリッドではなくポールなのかも。
バンドがプロを目指すようになって、スチュの人生にも「他人の期待」というファクターが入ってきたのかな、と思いました。今までは下手でも許されたけど、楽器の上達をすることが求められる。そのために、アストリッドとの時間だったり画家になることだったりを諦めることを期待されていく。
でもここでスチュが選んだのはアストリッドと画家なんですよね。本番遅刻したりレコーディング欠席したりってシーンが象徴的だったと思うけど、「他人の期待」に沿うことを諦めて、ジョンとバンドをやりたい!という気持ちを諦めて、自分の本質と能力を大切にすることを選ぶ。そんな結末だったのかなあ、と思いました。一部を諦めて、夢の方を現実的な方向に寄せていったんだなあって。
「夢を現実に寄せていく」っていう作業、ほかのメンバーにも当てはまると思っていて。
例えばジョン。ジョンはわりと、自分の意思も能力も他人の期待も一致してて葛藤を抱えず前に進んでいけてるのかなあ、とも思うんだけど、諦めたものもある。それはスチュと自分のスタイルだと思っていて。
もちろんスチュの意思もあるけど、楽器の能力が劣るというところもあって、(ポールの希望も汲んで)大好きなスチュをバンドから外したシーンは、ああ、夢のために諦めたんだなあ、と思って泣けてしまった。
最後のデビューに向けてのレコーディングのシーンでも、自分のスタイルだったリーゼントをやめて、マッシュルームカット(ジョンのいうところのいい子ちゃんスタイル)に変えているのが象徴的だなあって。自分たちがもっと大きくなるために、「他人の期待」を意識せざるを得なくなった瞬間なんだなあ、と思ったりしました(余談ですけど、この髪型、自分たちが売れるために切ったスチュの髪型なの本当に皮肉だよね、、)
ちょっと話はずれますが、乱暴な言い方だけど、ジョンはスチュじゃなくてポールを選んだ、とも言える気がしていて、やっぱりそれも売れること、を見据えた結果かな〜とか思うんですが、
スチュを切れ!的なことを言ったポールに対するジョンの「俺はお前が正しいことを言う時が一番嫌いだ」みたいなセリフがめちゃめちゃ好きで。他人の期待なんか見えなくて(もしくはそんなものに縛られるのはカッコ悪いと思っていて)ひたすら自分の道を進もうとするジョンの手綱を握って軌道修正してくれるのがポールなんだよな〜〜!!!ポールがジョンに言う「全然違うタイプなのに、初めて言葉が通じる相手に出会った気分」みたいなセリフも最高でしたね、、。タイプが違うからこそお互いにお互いを引っ張って補い合ってるジョンとポールは最強のシンメ〜〜!!と思ったりしました。
話を戻すと、うまく折り合いをつけられなかったのがピートかなあ、などと思っていて。
ポールがスチュを切ろうとした時、「そんなことはさせない!」と言ったり、最後までリーゼントを貫いたり。
ピートにとって夢を叶えることは「オリジナルメンバーで」「自分たちのスタイルで」バンドを続けていくことであって、どれか一つでも欠けるわけにはいかなかったのかなあ、って。
(結果的に折り合いをつけられなかったピートはバンド側から切られてしまうわけですが、、うーん切ない!)
余談ですが、この何一つ譲らない、純粋に夢を追い続けるってすっごいカッコいいけど危険なことだな、と思っていて、そんなところを描いたのが昨年みた「いまを生きる」だったり、昨年一昨年のえび座の「ジャニーズ伝説」だったかなあと思ってます。
「いまを生きる」で宮近くんが演じたニールは、若さもあり、自分で選んだ道を歩けないことが許せず自ら死を選ぶ。彼はまだ子供だったから純粋さが仇になったのかなあとも思うけど、ちょっとだけ譲ること、夢を自分の状況に引き寄せることを知っていれば違った結末もあったかな、と思う。
「ジャニーズ伝説」の初代ジャニーズも、人気のゆえに他人の期待に応えざるを得ない状況に置かれて、それでも「自分のやりたいこと」と折り合いをつけることができずにグループを解散してしまう(乱暴だけど、この感じ解散に至るビートルズと重なる部分もある)
余談の余談だけど、「良い子はみんな〜」をみた時も思ったけれど、all or nothingの思想って結構怖いなって思っていて、少しでも譲れたら続いたもの、得られたものをみすみすと逃してしまうなーとか思ったり。良い子の堤さんも死にかけるしね。
じゃあ、自分の希望は二の次にして他人の期待や自分の能力に合ったことをし続ければいいのか!っていうとそれも違うな〜と思うんです。
BACKBEATではあんまり描かれないけど、デビューしてからのビートルズって自分たちの人気に振り回されていくわけです(あんまりこの辺明るくないのに偉そうですが汗)
個人的にはそういう時期の歌はちょっぴり切なくて皮肉で大好きだけど!
Help!の歌詞に「when i was younger so much younger than today i never needed anybody's help in any way」ってありますが、このyoungerってハンブルク時代かなーとか思ったりして。無邪気に夢を追いかけられていたあの頃。お金も名声もないのにある意味最強だったあの頃。
BACKBEATのラスト、あの頃を思い出して歌おうぜ!って言ってレコーディングしたツイストアンドシャウト、最高に切なくて最高にキラキラしてましたよね。ジャニーさんじゃないけど「子供は大人にはなれるけど、大人は子供には戻れない」んです。あの刹那的なきらめきは、夢と折り合いをつけて、ある意味賢くなるかわりに失われるものなのかなあ、と思います。
あとはコインロッカーベイビーズのハシとかみたいに、「本当の自分がわからなくなる」ことによって夢だったことが続かなくなるリスクってあるのかなあ、とも思うんですよね。
好きなことは仕事にするな!嫌いになるから!みたいなことよく聞いたりするけど、そういう感じかなあ(雑かよ)
他人の期待に応えすぎると自分がわからなくなるんですよね。
こう思うと、夢を実現するっていうことは、「自分の意思」「能力」「他人の期待」のバランスをうまくとっていく、っていう言い換えができるかな、と思いました。そのために、自分にとって大切なものの優先順位をきちんとつけていくことが大事かなって。
私はこの間転職したんですが、自分の仕事を取っても、前職の方が「やりたいこと」「マインド」みたいなものは合っているような気もしてるんだけど、今の仕事の方が「能力」や「他人からの期待」っていう意味では合ってるかなあ〜と思っていて、今の方がハッピーなんですよね。
私ってたぶんやりたいこととかマインドとかそこまで大事じゃなくて、人に評価してもらうこととかの方がモチベーションになる人なんだなーってこの歳になってわかるようになった。自分の夢(ってほどのものじゃないけど)が叶ったとは思えないけど、これはこれでありかなあって思ったりするんです。
それにしても(?)、スチュ、めちゃくちゃ戸塚くんでしたよね。スチュは本当の自分はミュージシャンじゃないって葛藤をずっと抱えているけれど、戸塚くんもアイドルという仕事と自分の本質のギャップとか葛藤とか全く隠さない人じゃないですか。
でも、スチュは画家になること(とアストリッドと一緒にいること)を選んでバンドやめちゃうけど戸塚くんはアイドル続けてくれてる。それってめちゃめちゃ奇跡だなーって思うんです。
でも、続けてくれているのはファンへの愛だったり責任感だったりってことも口にしてくれる戸塚くんは本当に優しくてつよいひとだなあって思って泣けちゃうんだよな〜。
アイドルしてる人たちって程度の差こそあれみんな本当の自分とアイドルの自分のギャップに葛藤を抱えていると思うんだけど、だからこそつよく不器用に、カッコつけずその葛藤を抱え続ける戸塚くんにはたくさんの後輩が慕ってるんだろうなって思ったり。
思いつくまま書いていたら長くなってしまった〜〜!まとまらないけどおわり!BACKBEAT 本当に見てよかったな!
「良い子はみんなご褒美がもらえる」に見る善悪二元論の脅威-冷戦期と現代-
良い子はみんなご褒美がもらえる、千秋楽おめでとうございました!
大好きな橋本良亮くんが出ているというのももちろんだけど、想像以上に作品にハマってしまい、遠征も込みで4公演笑。正直やりすぎたな〜というところもあり燃え尽き気味ですが本当に楽しい1ヶ月弱でした。
初日の直後に感想第一弾は書いたんですが、千秋楽まで終わったのでもう一度感想をまとめておきたいと思います。
私は大学生の時冷戦(特に民衆の意見の形成やプロパガンダあたり)のお勉強をしていたので(身バレ)、その辺と絡めて書けたらな〜と思い今回のテーマを設定しました!
ただ、ピー年前超絶片手間に勉強していたガバガバの記憶とGoogle検索が元なのでソースはあってないようなものです!歴史的背景とか興味持った方は私のブログを信じないでちゃんと調べてみてくださいね!(無責任発言)
- 1.あらすじ
- 2.冷戦とは何か
- 3.「良い子―」の時代背景(プラハの春、デタント、新冷戦)
- 4.冷戦期における民衆の意見形成(冷戦コンセンサスの形成と善悪二元論)
- 5.「良い子―」に見る冷戦の影響
- 6.良い子―の現代的意義における橋本良亮の存在と解釈
- 7.「良い子―」からの教訓
1.あらすじ
まず、見てない方(見てない方が読むとも思えないけどw)もいると思うので舞台のあらすじです。
役名がややこしいので基本的にキャストさんのお名前で記載します。
とある精神病院に、堤さん演じるアレクサンドル・イワノフ(以下堤さん)が転院してくるところから話は始まります。堤さんは名誉毀損で精神病院に入れられている政治犯です。 同じ病室に入院しているのは橋本くん演じるアレクサンドル・イワノフ(以下橋本くん)。 彼には実在しないオーケストラが見え(聞こえ)、トライアングルを使ってオーケストラの指揮をしています。 同室になった堤さんにも「楽器は何?」「練習しろ!」などと言っており、世の中の全てをオーケストラの一員として捉えているのかな?という印象。 二人は入院しながら、小手伸也さん演じる医者(以下小手さん)の治療を受けます。 橋本君は「オーケストラはいない、オーケストラなんていたことない、オーケストラなんていらない」と言う事によってオーケストラを持っているという考えから離れるよう指導されます。 素直に従う橋本君ですが、彼の中からオーケストラがいなくなることはありません。 一方の堤さんの病状は『正常な人間が精神病院に入れられている』という意見を持っていること。友人が理不尽に捕まり精神病院に入れられたことをきっかけにこの内容の手紙を外国のメディア等に出したことから逮捕されました。最初は軍の下部組織である「特別精神病院」に収監されていましたが、そこでの扱いの酷さからハンガーストライキを行い、軍の指示で面会に訪れた息子のサーシャ(彼の本名もまたアレクサンドル・イワノフ)の説得にも応じなかったことから、先進国であるはずのソ連でハンガーストライキで人が死ぬということを公にしたくない政府により、現在の「一般精神病院」に転院となったのでした。 小手さんの堤さんに対する治療の目的は、厄介払いのため退院させること。そのために堤さんに「治療のおかげで病気が治った。自分は今まで気が狂っていた」と認めさせないといけないのですが、堤さんの意思は固く、ここでも堤さんはハンガーストライキを開始します。 再び説得にやってきた息子のサーシャの説得にも応じず、衰弱していく堤さん。八方塞となったところで登場するのが、橋本君と堤さんを同室にした小手さんの上司であり権力者の「大佐」。 ここで大佐は(おそらくわざと)二人を取り違えた質問をすることで、二人を退院させてしまったのでした。
…とりあえず話の大筋はこんな感じです!この舞台はストーリーというより、いないはず(橋本君にしか見えないはず)のオーケストラが実際に舞台上にいて観客には見えていることとか、同じ概念を色んな言葉で表現すること(病室/監房とか)とかがキーな気はするんですが参考として、、、。
2.冷戦とは何か
今回は冷戦をキーに舞台の解釈を進めたいと思っていますので、まずざっと冷戦の説明をしたいと思います。
ウィキペディアの定義は下記の通りです。
冷戦(れいせん、英: Cold War、露: Холодная война)もしくは冷たい戦争(つめたいせんそう)は、第二次世界大戦後の世界を二分した西側諸国のアメリカを盟主とする資本主義・自由主義陣営と、東側諸国のソ連を盟主とする共産主義・社会主義陣営との対立構造。米ソ冷戦や東西冷戦とも呼ばれる。
つまり、イデオロギー(資本主義/社会主義)の違いを理由として、米ソを中心に世界が二つに分かれて対立しあっていた時代です。
核兵器を中心とした軍拡競争のみならず、宇宙開発やスポーツ、文化の面などでも米ソは競い合っていました。
またそれに巻き込まれる形で、東西ドイツのような分断国家が生まれたり、ベトナム戦争などの代理戦争が起こったり。
たしかに米ソ自体は直接戦争をすることはなかったですが、常に一触即発の暗い時代と定義できると思います。一部では「米ソの力が均衡したことにより戦争を回避できた」と解釈し、冷戦を肯定する論もあるようですが私はこれが大嫌いです(急に自分の意見)。だって代理戦争とか起こってて全然平和じゃないし、「良い子―」でも描かれているように言論統制があったりとか(これは後述しますがソ連だけではなくアメリカなどの西側諸国でも、です)まったく良い時代ではありません。冷戦は肯定すべきではない、というのが私の立場です。
3.「良い子―」の時代背景(プラハの春、デタント、新冷戦)
一口に冷戦、といっても1945(第二次世界大戦の終結)~1991年(ソ連の崩壊)まで、とかなーり長いので、良い子―の舞台となったと思われる時代について見ていきたいと思います。あ、念のためですが、本作の舞台はソ連(東側陣営)、作者はイギリス(西側陣営)の方です。
パンフレットによると、作者のストッパードがこの戯曲を書いたのが1970年、イギリスでの初演は1977年とのこと。書かれたきっかけはプラハの春(1968年ごろ)であるとパンフレットでは言及されており、劇中でも「ソ連のチェコスロバキア侵攻」について触れられていることから、やはり舞台の設定もプラハの春以後、1970年代と考えられます。
プラハの春は1956年のフルシチョフによるスターリン批判により、ソ連の下にいたチェコスロバキアで「人の顔をした社会主義」運動が勃発したものです。
余談ですが劇中で斉藤由貴さん演じる教師がサーシャに向かって「昔はひどいことがたくさんありました。でも今はもう違うんです」という場面がありますが、この昔はスターリンの時代と思われます。粛清による恐怖政治が行われていた時代っすね。
話を戻すと、プラハの春では民主的な社会主義が目指されましたが、ソ連のチェコスロバキア侵攻により改革は挫折します。
また、この直後、世界各国でデタントと呼ばれる緊張緩和が起こっていきます。実例はキリがないので割愛しますが(おいw)、核戦争直前までいった1962年のキューバ危機の反動で、米ソ対話や軍縮交渉が行われた時期のことです。
このまま冷戦は終焉に向かうのかなーと思うじゃないですか。それがそうもいかないんですね、、。
1970年代後半にはアメリカ国内でデタントへの批判が高まり、新冷戦に突入していきます。1980年には西側諸国がモスクワオリンピックをボイコットしたり、1981年には「強いアメリカ」を標榜したレーガンが大統領選に当選したりしてますね。
まとめると(?)、「良い子ー」の舞台は東側では社会主義というイデオロギーの揺らぎが起こっている時期といえると思います。そしてその背景には西側の情報が入ってきたことなんかもあるんじゃないかな、たぶん。西側は西側で、緊張状態への国民のストレスがナショナリズムに転換されつつある時代かなあ。
あとはプラハの春、デタントに象徴されるように第三世界だったり、米ソ以外の立場が出てきた時代っていうのもポイントかもしれません。
4.冷戦期における民衆の意見形成(冷戦コンセンサスの形成と善悪二元論)
ここまで冷戦の流れを見てきましたが、冷戦期って、アメリカもソ連もやらなくちゃいけないことがありました。
それは国内の「冷戦コンセンサス」の形成です。つまり、国民を一致団結させて、相手と戦わないといけない。本当の戦争じゃないから、徴兵とかはないけれど、軍拡とか宇宙開発とか、対決にはお金がかかるんですよ。そうじゃなくても選挙に勝たないといけないし。
そこで、世界を覆ったのが(政府が好んで使った、とも言えるかな)「善悪二元論」です。簡単に言うと、世の中には善と悪、敵と味方という二つの概念しかないという考え方ですね。
味方じゃなければ敵!という極端な考え方なので、対立を生みやすい=国民をあおりやすいんです。アメリカ側でいうと、「ソ連をほっておくと、周りの国がみんな社会主義国になってアメリカが攻撃される!!やばいよ!!負けられないよ!!!」と国民をあおりまくったという感じです。
この流れの中で、東西どちらの陣営でも、個人の意見だったり表現の自由っていうのは制限されていくようになるわけです。アメリカの赤狩りだったり、ソ連の粛清だったり。冷戦ってそんな時代です。
あとは、言葉遊びみたいな側面もかなり冷戦っぽいな!と思いました。
冷戦期って直接戦ってないからこそ演説だったり文書だったりの言葉選びがすごく重要な意味を持っていました(冷戦レトリックと呼ばれるやつですね)
たとえば、冷戦の始まりそのものが、トルーマン大統領の1947年の演説(トルーマンドクトリンと呼ばれるやつ、共産主義のドミノ現象が起こる!と主張)だったり、レーガン大統領がソ連を「悪の帝国」と呼んだことが新冷戦を深めていったり。
偉い人たちがどういう言葉を使うか、で、国民の国際政治の捉え方が形成されていったんですね。これって良い子ーで出てくる「ここは檻房ではなく病室」「大佐ではなく医者」みたいな言葉遊びと似てませんか??偉い人がどう捉えるかで事実自体が変わっていく感じ、、、。
5.「良い子―」に見る冷戦の影響
よ~やく「良い子ー」の話です。前置きが長いww
良い子、見ているうちに、すごく冷戦の影響を受けている表現が多いな、と思うようになりました。
まず、堤さんですが、自分の意見が通り釈放されることを「勝ち負け」という表現にしているのがすごーく気になりました。これって善悪二元論の影響じゃない?と。
あと堤さんはずっと「正しいものは正しい!」と自分の意見を絶対に曲げないんですよね。たとえ死んでも妥協はしない。彼の頭の中には「正しい」「間違い」の2つしかない。たとえかわいい息子のサーシャに、嘘をついてでも戻ってきて!と言われても曲がることができない。
オーケストラは思い込みの象徴じゃないか、という記事を先日書きましたが、「自分は絶対に正しい!」という思い込みを橋本くんも堤さんも持っているのは時代背景もあるのかなあ、なんてね。
橋本くんも楽器について「俺、偏見ないから!」と言いつつ差別的発言を連呼するシーンがあるけど、あれも自分は善だ!という思い込みから自分が見えてないんだろうな、なんて思ったり。
自分の思う正義を貫こうとするあまり自滅に向かっていく堤さんは、冷戦の時代へのアンチテーゼとも取れるんじゃないか、という話でした。
6.良い子―の現代的意義における橋本良亮の存在と解釈
「良い子-」が冷戦の影響を受けているのは分かったよ!じゃあなんで今更(しかも日本で)上演したんだよ!という話をします。
あらゆるところで演出家さんが話していたと思うんだけど、現代もある種当時と似たところがある、だから上演したよって話がありました。フェイクニュースやSNS上での無言の言論統制みたいな、、。
それを踏まえて橋本くんのキャスティングの理由を考えるとやっぱりSNS世代に見てほしい!っていうところが大きいと思う。(シンプルに興行面とか橋本くんの演技とは別にね)
当時と今は確かに、少し似通ったところがあります。世界各地でナショナリズムが台頭してきているし(アメリカのトランプはレーガンの再来、と言われているし)、無意識のうちに我々の世論が体制側(仮)によってコントロールされている気がする。これが企画の時点での意図だったんだろうな、と思います。
これをさらに深めてくれたのが橋本くんの本作への解釈だと思っていて。
パンフで「イワノフは自由なようで自由じゃない。嫌われたくないという思いから意見を言えなかったりする」というようなことを橋本くんが言ってました。
小手さんの治療を受けた後、「オーケストラはいない!」って宣言するシーンのことだと思うんだけど、すっごく橋本くんらしい真っすぐでわかりやすい解釈だなと思ってちょっとわらちゃったんだけど笑
「嫌われたくないから自分の意見をしまう」のは現代の若者そのものだなあと思いました。昔雑誌で「1日3ツイート以上するとモテない」みたいなの見たことあるけど(ツイ廃はここで墓を建てる)、自由に発言できる場が与えられた結果、逆に規制が増えている。
あとは芸能人の発言やバズッたツイートに自分の意見を左右されちゃうときってあるよね。別に欲しくなかったものが欲しくなったりとか。
橋本くんの演じるイワノフは、堤さんにちょっかいを出すかまってちゃんでありながら、怒られないように医者の言うことは聞きという役作りで、承認欲求(発言したい!いいねされたい!)とでもそれによって嫌われたくない気持ちが共存した見事な現代っ子でした。
爆裂モンペ発言だけど、橋本くんのおかげで、この作品を現代に落とし込むことができたと思ってる、マジで。
7.「良い子―」からの教訓
ようやくまとめだよ!
「良い子ー」から得られる教訓は、善悪みたいな二極構造で思考を止めないで、自分の頭で考えなさい、ということだと思っています。
正しいものは正しいと思い込むあまり周りが見えなくなる堤さんは、体制の意見に抗っているという意味で、同調圧力に屈しず自分で考えていると思ってるんだろうけど、でも結局考えることを放棄しているな、と思うんです。
世の中は必ずしも白黒はっきりすることばかりではありません。
良い子の時代は第三世界が台頭しはじめた時代ですが、世の中「グレー」ってあるんですよね。
その可能性も含め、自分の頭で考えること、見えるもの見えないものを疑ってかかること、の重要性を教えてくれた舞台な気がしています。向かいから見ると右は左で左は右なんですよ。だから、呼び方によって病室は監房になるし、大佐は医者になるし、白衣さえ着ちゃえば病人は医者になれる。長々書いた割によくわかんないけど!真実はいつも一つじゃないの!!!というのがこの舞台の学びかなあ。
逆に白黒はっきりさせようとすると考えられなくなるし、逃げ場もなくなるし、世の中争いに向かっていくんだよね。その辺の警鐘を現代に鳴らしてるんじゃないかなーと思ったり。
自分の経験に落とし込んでも、自分が正しい!と思っている時こそ周りが見えなくなって独りよがりになりがちですよね。そんな時にこの舞台のこと思い出せたらいいな、、。
以上です!!
ラストの解釈とかも本当は考察したいけど無理そうですね!!!本当に考察のしがいのある面白い舞台でした!!!
自我を失ったように見に行った舞台だったけど、ジャニーズにはまる前の自分のことを思い出したり、最終的に自我を取り戻した感じがしてます。
それにしてもかまってちゃんなイワノフ(橋本くん)めっちゃワンワンでかわいかったよね!?ねえねえできるようになったよ!みたいなどや顔で小手さんの前で「オーケストラはいない」と言い出すシーンが好きでした!!!
もしここまで読んでくださった方がいたらありがとうございました!!なげえな!!!
2019年現場まとめ(1〜5月)
こんにちは!まーた中途半端な時期ですが、5月までかっ飛ばしたので現場まとめやっときます!
今年から本腰入れてえび掛け持ち始めたんだけどえびの現場の多さ異常だな!?まだツアーもえび座も発表すらされてないのにこの量ですよ、、てかツアー発表はよ、、、、
今年もウエストに連れて行ってもらいました💓
ウエスト、コントもあるし踊れるし楽しいよね〜〜。やっぱり私は重岡くんと高校の時同級生だったのかな??という勘違いを今年もしました
かみしげはまだの「間違っちゃいない」めちゃくちゃ泣けるな!?と思ったのが印象深いです〜
あとゲストでなにわちゃんがきてまして!!終わった後「大橋和也かわいい」「大橋和也のフォトセ売ってくれ」と呻いていました(完)
★1/8昼夜 A.B.C-Z Love Battle Tour 追加公演@横浜アリーナ
どーしても行きたくて、年初から午後休とって横アリまでダッシュ→昼から入るという無茶をしました。
ファンの愛で実現した横アリでの追加公演、本当にエモくてあったかくって愛に溢れた現場でマジで楽しかったです。橋本くん死ぬほどご機嫌だったし。LBTセットもグッズも可愛いし大好きなツアーだよ〜〜ダイジェストも映像化してくれてありがとうぽにきゃ、、
私は並ばなかったけど急遽発表された会場限定特典に終電を超える列できてたのも印象的ですね、、えび担って本当にたくましい、、笑
★3/16夜 Sexy Zone PAGES @宮城セキスイハイムスーパーアリーナ
ついうっかり初日に入ったペジコン。
自担のいないツアーが始まっちゃうし、他にも色々落ち込んでいたので笑、どうなることやらと思っていたんですが、想像以上に優しくてあったかいコンサートで色々吹っ切れました。
セクシーゾーンってなんてあったかいグループなんでしょうね。4人を意識させない作りだったり、松島くんがチラつく演出だったり、やっぱりこのグループには信頼しかないなあ、って思ったよ。
あとはケンティーにおさわりできたり、風磨くんにファンサもらったり!すっごく楽しかった!!牛タンも美味しかったし!!笑
★3/23昼 トリッパー遊園地@新橋演舞場
行く予定じゃなかったんですが、ついうっかり見に行った河合郁人くん主演のトリッパー遊園地。
はじめての新橋演舞場楽しかったです!これ自担がやったらお土産とかお弁当とか出してくれるし超楽しいだろうな〜って思った(こなみ)
河合くんは芸達者で本当に人情劇が似合いますね。話の内容とかは正直うーんって部分あったんだけど、河合くんが素敵だったのでまあいいか、と思いました笑
あとね〜辰巳雄大がカッコよすぎた。何あのスタイル??役も良かったしね??演技上手くないか???たつふみシンメ曲も唐突のジャニーズだったけど最高にカッコよくて楽しかったなー。ジャニーズウェブでのたつふみの交換日記もバカップル丸出しですごかったね、、懐かしい、、、たつふみよ永遠なれ、、、
★3/24昼 Endless SHOCK@帝国劇場
のえ松松を見に2年ぶりのSHOCKへ!
SHOCK、ミュージカルらしい世界観とか曲は改めて大好きだなあ、と思いました。そして堂本光一さん鉄人すぎるな、、、
内くんのライバル初めて見たけど、コミカルなシーンでどうしても船長がよぎる(やめろ)
あと福田さんめーちゃかっこいい!フライング補助最強にかっこいい!!
のえるくんは指先まで綺麗に踊るし、松倉くんは表情がすごいし、松田元太は顔がいい。ライバルサイドの歌の方が好きなのでトラジャ3人がライバル側で嬉しかったなー。
あと帝劇は行くだけで気分が盛り上がりますね〜。当たらんから行けないけど帝劇大好き!
★3/26昼夜 Travis Japan ぷれぜんと@横浜アリーナ
行ってきましたトラジャコン!!トラジャのコンサートって本当に本当にたのしいなーって改めて思いました。あとお互いがお互いに優しくてみていて気持ちがいいね!!私の好きなグループはみんな優しいんだぞってドヤ顔したくなっちゃう💓
コールも多い、踊れる曲も多い、パフォーマンスも見応えがあるし選曲もセンスがいい!
松田元太プレゼンツのvanillaがえび座そのもので滾りました、、、歌割りも最高だった、、はしげんとちゅまちゅは永遠だよ、、、
ジュニアのグループで横アリ埋めるってすごいよなあ。ダンウィズ踊れなかったのが心残りなので次の単独も行きたいな💓
全く新潟の写真がない!!w
はじめての親子連番ということで母の地元新潟へ遠征しましたー!
ずーっとジャニオタな私を否定していた母が24時間テレビやらセクシー冠やらにほだされコンサート行きたいと言っただけで快挙なのですが、良席だったのもあり来年も行きたい五人も見たいなどと言ってくれて娘は感無量ですわ、、、笑
公演内容としては、仙台からの1ヶ月で大縄もワンダーラブも進化しすぎてて目を疑った。いやーご飯もお酒も美味しかったし楽しかったな!
★4/20夜、5/1昼、5/6夜 良い子はみんなご褒美がもらえる@赤坂ACTシアター
橋本良亮を拗らせる原因となった昨年のコイベビ以来のアクトシアター。
感想・考察は別途したためる予定ではありますが笑、色々自分の通ってきたものがテーマなのもあり、相当考えさせられ、橋本くんの狂人の演技はやっぱりピカイチで、最高の人を好きになったな、と思いました
6日、2列目で見させてもらって、めちゃくちゃ近いし顔がいいし演技ブチギまってるしこっちの気が狂いそうだった。もうあんな近くで橋本くん見ることもないやろな、、、病み、、、
★5/2夜、5/4昼、5/5昼 Sexy Zone PAGES@横浜アリーナ
私的ラストペジコン、横アリ!
横アリはやっぱり色んなお友達と入ってそのあとご飯食べたりお酒飲んだりが楽しいな〜って改めて思いました。
そしてペジコン何度見ても優しい。セクシーゾーンって本当に優しい。ペジコンも感想は別途書きたいな、と思ってます。令和連呼も楽しかったな笑
5日、ついにバクステ側スタンドを引き当て、ようやくいろんな全貌がわかったのも良かったよ!良いコンサートはどこから見ても楽しいね!
★5/12 良い子はみんなご褒美がもらえる@大阪 フェスティバルホール
橋本くんも私もぶちギまっていたので、急遽弾丸遠征して千秋楽見ました。意味不明。
舞台の千秋楽って初めて見たけど、内容云々以上にカンパニーの打ち上げ!って感じでこれはこれで良いですね。難しい舞台だし周りもすごいしで大変だったろうけど橋本くん本当にお疲れ様でした!!君はやっぱり宇宙一!!!ずっとラブ!!!!
関係ないけど各地にオタクの友達いると急に遠征とかしてもお酒付き合ってもらえてサイコーだな!とも思いましたー!!
2019年5ヶ月で16公演!こわい!!!
〈番外編〉
★ぼくらのショウタイム
舞台挨拶ライビュも含めて二回見ました!
えびってほんと謎イベが発生しますが(褒めてます)その愛され力が最高だよね💓
話もあったかかったし戸塚田のオムライスだしはしふみだし最高に楽しかったので早く応援上映したいなー円盤にしてくれー。イケメンADりょりょたんこと赤木くんもバカ可愛いし橋本くんの表情の演技も最高だったなー。
二人はオムライス、二人はオムライスなのですよ、、、(墓)
★少年たち
これもなんやかんやで三回見た笑
気軽に見れるジャニーズトンチキエンターテイメント!!
見終わったあとオタクとあーだこーだいうのか最高に楽しい。爆笑しながら突っ込むことも、真剣に考察することもできる最高のツマミです!!!
一時停止しながら見たいからこれも早く円盤にして〜〜
★パリのアメリカ人
えびちゃんずーにて劇団四季とコラボした時の演目、ついうっかり見にいきました。
シーンがいちいち絵画みたいで綺麗。衣装が可愛い。あとジャニーズだと(松尾を除いて)見ることのないバレエ基軸のダンスが見れて嬉しかったな〜〜。
ちゃんずーでやってたシーンになると完全に「それ進研ゼミでやった!!!」状態になる。改めて四季とコラボしたえびすごいしこちらまで誇らしくなってしまうな。
上半期オタクしかしてない!!!下半期は茶の間になりたい!!!無理だな!!!
思い込みというオーケストラ-良い子はみんなご褒美がもらえる感想第一稿-
先日、堤真一さん、橋本良亮くん主演の舞台、良い子はみんなご褒美がもらえるの初日を観劇してきました。
あと数回見る機会に恵まれているのですが、橋本くんが「100回見れば100通りの考え方がある」(ニュアンス)と言っていた通り、次見た時は違う感想を抱きそうなので、一旦現時点の感想をまとめておきます(多分まとまらないけどw)
初日、終わった瞬間の感想はコレでした。
・難しかった
・疲れた
・お腹すいた
・橋本くんかわいい。
、、、我ながらなんやねん!って感じなんですが正直なところ。
初めてトム・ストッパードの作品を見たのですが、解釈の余白が多くて、セリフも難しい長台詞が多くて正直ついていくので精一杯!これ演じてる方々すごすぎないか!?と思いました。
考察や解釈いろいろ考えてツイッターにメモってはいるんですが、まとまらないので一点にしぼろうとおもうんですが、この作品のキーはやっぱり「橋本イワノフのオーケストラはなんなのか」というところになると思います。
めっちゃ色々考えてまだ絞りきれてないんだけど、現時点ではオーケストラは「思い込み」の象徴かなあ、なんて思ってます。
ていうのも、登場人物めちゃくちゃ思い込みが激しいんですよね笑
橋本イワノフは「オーケストラは実在する。人は全員楽器を演奏する」という思い込み、
堤アレクサンドルは「自分は正常。この国(?)はおかしい」という思い込み、
教師は「今のこの国はおかしくない、自由だ」という思い込み。
サーシャと医師だけはちょっとマシかな?サーシャはまだ何にも染まってないピュア(逆にどっちにも簡単に染まる)視点、医師は八方美人(柔軟?笑)な視点というか、、。
思い込みが激しいと、思考が停止するんですよね。だから、オーケストラは観客には見えているにも関わらず、そもそも本当にいないのか、という疑問を誰も抱かない。
堤アレクサンドルがサーシャに向かって、「ユークリッド幾何を学べ!正しいことは正しいんだ!」と言うセリフが結構象徴的なのかなあ、なんて思っていて、ユークリッド幾何って定義を据えてそこから考えていく〜みたいな幾何学だと認識してるんですが(そもそもそこが違ったらすみません)、逆に定義は本当に合っているのか、という疑問は生じないんですよね。
余談ですが、これジャニーズ舞台の素地にあるショーマストゴーオンとも通ずるものがありますね、、人が死んだって疑問を抱かずショー続けていく感じ、、笑
この「疑問が生じず考えることを放棄する」っての、かなり怖いことだと思っていて、
どっかで演出のウィル・タケットさんが、SNSだったりフェイクニュースが話題になる今の時代に上演することに意味がある的なこと言ってたと思うんですけど(うろ覚え)こういうところなのかなあ、と思います。橋本くんの起用もやっぱりSNS世代に来てくださいってメッセージもあると思うし。
フェイクニュースとまで言わなくても、私たちの中に絶対に思い込みってあって、
例えば私は「橋本くんは演技が上手い!」って思ってるけどこれも思い込み=他人には見えないオーケストラな可能性がある。
例えば、「ジャニーズなんて顔だけ、演技なんてできるわけない」という意見を持つ人には絶対にこのオーケストラは見えないわけです。
ジャニーズに偏見もなく、橋本くんのファンでない人に見えるか見えないかはわからないけど、そんな人に見えたからってオーケストラはは実在するって定義していいのかはわからないよね。
そして見える人、見えない人のどっちが正しいとか狂ってるとか誰にも言えないと思うんです。
だからやっぱりこの舞台で言いたいのは、「客観的な意見を持ちましょう」ではなく「客観的な意見なんて存在しないということを理解しましょう」なのかなあ、なんて思っているところです。
最後に橋本くんの演技について(橋本くんのオタクなので、、すみません、、)
橋本くん、本当に狂人の演技が上手いな!と思ったんだけど、何がすごいってちゃんと狂ってるのにちゃんと無垢なんですよ。
このピュアさってジャニーズ全般から感じる愛されて育ってきた感じ、からくるのかなあなんて思っていて。
そりゃあれだけ顔がよかったら可愛がられて育つだろうよ!と思うんだけど、ほんとジャニーズの人たちって揃いも揃って愛されてきた感すごくないすか??必ずしも育ちが良さそうな人ばっかりじゃないけど嫌味がないというか。
あの「愛されて当然と思ってる感」が無垢な感じに繋がってるのかなあ、、。一方で「愛されたい」ゆえに狂ってる感じも橋本くんの演技からは感じて(これはコイベビのハシもですね)、事務所に入ってからの「愛されないと捨てられる」生活で培ったのかなあ。エモいなあ。
というのが1回目の感想です!(雑かよ!)
次回はもっともっと色々考えながら見れたらいいなあ〜良い子めっちゃ難しい!!!
「期待を裏切る」ジャニーズエンターテイメント-SHOCK、少年たち、ジャニーズ伝説-
先日、少年たち(映画)を見まして、割と最近Endless SHOCKに行ったりしたのもあって、真剣に「ジャニーズエンターテイメントのトンチキさ」について考えてみようと思いました。
ジャニーズの舞台ってよくわからないですよね。ちなみに私がみたことあるのは、ジャニーズアイランド(初演、2017秋)、少年たち(2017)、ABC座ジャニーズ伝説(2017、2018)、Endless SHOCK(2017、2019)、映像も含めると、少年たち(映画)、ABC座スター劇場、ジャニーズ伝説(初演)、応援屋です。
(ジャニーさん演出ではない応援屋はひとまず置いておいて)何がよくわからないか、というと、急な場面転換、話の筋の通らなさ、だと思います。そしてそれを気にさせない圧倒的にきらびやか(でちょっとおかしな)演出。どうしてこういう舞台になるのか、Endless SHOCK、少年たち、ジャニーズ伝説を元に考えてみました。あ、ここでいうジャニーズ伝説は20172018の事実に基づいた話を指します!笑
結論から申しますと、ジャニーズの舞台でジャニーさんが言いたいことってこれかなーって。
「観客の期待や世間の思惑を裏切ってこそエンターテイメントである」
というのも、この三作品は全て、「自らのエンターテイメントを追求するもの」と「世間一般」の2極構造として捉えられるかな〜と思うからです。
また、だからこそ、「世間/観客とのギャップを埋める」というのが、今後の課題になるような気もしています。
まず、一番分かりやすいものとして、Endless SHOCKについて。
このお話は、スターで天才であるコウイチが引っ張るカンパニーに、ブロードウェイのステージに立たないか、という話が来るところから始まります。
天才ではないが(つまり凡人)、努力でコウイチと張り合っているライバル(因みに今年はウチ)は夢が叶う!としてブロードウェイに立つことを推奨します。
一方の天才コウイチは「自分たちの追い求めるショーができるなら場所はどこでもいい。ON(ブロードウェイ)の先に何があるのか」と一旦立ち止まることを進言し、ライバルサイドとの溝ができていきます。
結局ブロードウェイには立つものの、失敗を恐れず「究極のショー」を求め変化し続けることを求めるコウイチと、分かりやすく「名声」「成功」を求めるライバルとの溝は深まっていくばかりで、決定的な事件(あの階段落ち、ライバルの嫉妬によるコウイチの瀕死)が起きてしまう。
ライバルはコウイチが帰ってくることを待ちブロードウェイの舞台に立ち続けるものの、客は減る一方。カンパニーを閉めるところまで追い詰められる、、、というのが大筋です。
私は、SHOCKにおけるコウイチ=ジャニーさん、ライバル=タレント/観客、劇場(ブロードウェイ/オフブロードウェイ)=世間、と解釈しました。ライバルがついてこなくなっても、世間がどうであっても、自らの道を突き進んでいくのがまんまジャニーさんのつくる舞台だなあ、と思ったので。ジャニーさんのつくる舞台はオタクはみにきても世間が受け入れるとはおもえないので、そういう意味でここではカテゴライズをわけています。
周りを気にせず突き進む一方、絶対にそっぽを向かれてはいけないのは、実際に舞台に立つタレントと観客だ、ということをSHOCKでは表されているような気もします。ライバルと決定的に対立した結果コウイチ(ジャニーズの舞台)は死に至るわけです。どんなに素晴らしい芸術でも実現性と観客がいないと成り立たないもんな、、と、、。
でも、ライバルが運営するコウイチ不在のショーは続かないわけで、世間を忖度したり流行りを追って同じようなものを作りづけるだけでもショーは成り立たない、どちらの要素も重要なんだ、というのがSHOCKから得られる教訓なのかな、と思っています。
Endless SHOCKは(リニューアル前見ていないのにおこがましいですが)、確か光一くん(役じゃない方)が、元々のストーリーがよくわからなすぎて、自分で脚本演出にに手を入れて少しわかりやすく整備した、何故なら分からないものを演じるのはタレントも辛いから、というような話をしていたと思います。このカンパニーのように決定的な対立と崩壊が起こる前に、光一くんが一肌脱いだのかな〜とか思うとなかなか趣深いっすよね、、。
次に、少年たちですが、ここでいうジャニーさんの立場は、囚人たち、というのが私の解釈です。
最初は看守長がジャニーさんで囚人たちはタレントかな〜なんて思ってたんだけど、ちょっと見方が変わってきて。
少年たちではまず、「俺たちは上等」の歌詞に象徴されるように、世間一般の倫理観みたいなものが取っ払われているような気がしていて(この点についてはメチャクチャ物申したいのだがとりあえず置いておきますw)、結局それがジャニーズエンターテイメントの土台なんですよね。前提から普通の舞台や映画とは違う。
その中で唯一、一般的(かどうかは微妙だけど)な正義を振りかざす看守長=世間の目、かな、と。
看守長に反発して、自分の信じる正しさのため、脱獄(=ショー)を繰り広げるっていうのが少年たちの構造なのかなーとか思っております。最終的に看守長も改心して、囚人たちも外(オタク以外も見るところ。かな?)に出てっていうのは、ジャニーズの世界観に世の中が追いつくっていうジャニーさんの夢の象徴なのかなあ。外の世界に出る=世界進出、みたいな考え方もできるのかな?と思ったり。
最後に、これらの思考にジャニーさんが至った経緯を考える、という意味でジャニーズ伝説。
初代ジャニーズの結成〜解散までを描いた本作ですが、アメリカでデビューできそうだったのに色々あって日本に帰国しなくちゃいけなくなって、アメリカでのすごさを周りは認めてくれなくって、解散、みたいな流れですね(雑すぎ)。
解散シーンで戸塚さん演じるジャニーさんが「君たちが新しい扉を開けたんだ。」と言いますが、初代ジャニーズの活躍やアメリカ進出は「世間の期待を裏切り続けた結果」という言い換えが可能かな、と。
一方で、アメリカで録ってきた歌が日本で認められなかったことで「裏切りすぎると受け入れてもらえなくなる」ということも同時に感じたんじゃないかと思います。だからこそ、期待を裏切ることで前に進み続けていた初代ジャニーズは解散を選ぶしかなかった、と。逆に言うと、世間に忖度するくらいなら続けなくていいって結末なのかな。やっぱりここが原点だから、新しいものの模索、世間を裏切ることはジャニーズエンターテイメントとは切っても切り離せないんじゃないか!というのがわたしの結論です。
やっぱり、ジャニーさんが作っているものって全くユーザーフレンドリーではなくて笑、興行っていうより芸術寄りなんだよね。観客に対する信頼がすごい。どんだけこっちで補完しなきゃいけないんだよ!!笑
でもこんなに不親切な作りなのに成立する(客が入る)ジャニーズの顔面力(と普段のコンテンツ力)ってすごいな、と素直に思います。
ただね〜SHOCKのところでも書いたけど、観客/タレントとの溝っていうのは絶対に埋めていく必要があって、
少年たちで描かれているみたいに、世間の方が追いついてくるならそれはそれでいいけれどなかなかそうもいかないと思います。
あくまで芸術品ではなくビジネスとしてやっていくならやっぱりもうちょっと観客に寄り添わなきゃいけないんじゃないかなーと思う。あとは演者と演出の溝も絶対あると思うし、正直。
すでに行われている試みとしては、光一くんのSHOCKへの手入れ、ジャニーさん以外が演出のジャニーズ舞台(応援屋とかね)、そして何よりタッキーのプロデュースが当たるのかなあ、なんて思ったり。
Jr.のデジタル進出とか、バーチャルジャニーズとかは、「世間を裏切る」と「時流に寄り添う」を両立しててすげー!!と思っています。今後求められるのはこういう路線かなあ。
全然まとまりがないのですが!以上で!!さようなら!!!
来世まで待てなかった~私が橋本君のモンペになるまで~
Love Battle Tour発売 & 橋本くん一月2回目のブログ更新おめでとうございます!!!
橋本くん、言うまでもなく大好きだよ不安になんてならないで♡♡♡(ジャニーズWebの橋本くんのブログ参照ください)
ということで(?)、最近ありがたいことにえび担の相互さんもちょっとずつ増えてきているので、自己紹介がてら橋本くんにハマるまでの経緯を書いてみようかと思います!
とは言っても、転げ落ちるみたいに加速した*1ので、あまり記憶がないのですが、、、
わたしとジャニーズの出会いは、2016年夏、なんかよくわからないけれど、Sexy Zoneさんにどハマりしました。
その辺を話すために、旧来のジャニオタの友人とご飯に行ったのですが、元々他G担だった友人がえび担になっているということが発覚。
その後お互いの推しを紹介する回などして、A.B.C-Zというグループへの理解をちょっとだけ深めました。
気が向いたら冠番組見たり、あとは少クラも当時はセクゾもえびも毎週出てたので歌ってるところ見たり。楽曲がオシャレで素敵だな〜という印象で、当時は比較的とっつーが好きでした(顔)。次点で元気が出るからという理由で塚ちゃんも好きだった。
2017年2月、友人に誘われ軽率にrebootお渡し会*2へ。5時間並んで5人とハイタッチしました。
その時の橋本くんが疲労からきているであろう謎のハイテンション!!わんこ!!!いぬ!!!可愛い!!!!ということで橋本くんの可愛さにようやく気づく。
歴代のPVが収録された方の初回盤(確か2000円だった。ポニキャ価格設定がおかしい)買って参加したのですが、あまりに可愛かったから橋本くんのソロコン*3が収録されている方を買って帰った(こっちは3000円だった。やっぱりポニキャ価格設定がおかしい)
しかし、ここから私と橋本くんの仲は停滞します(言い方)
私もSexyZoneさんの方のツアーが忙しかったりして、相変わらず時々ちゃんずーみたり少クラ見たりするくらいでした。
そんな時、2017年のえび座のチケットを友人が余らせているということで、入ることになる。
これがもう超楽しくて!!カウコンかと思いましたね!!えびでは橋本くんな私だったので、フォトセやオリフォを買いあさりました。この辺から「来世は橋本くんのモンペになる」とか意味不明な発言をしだします。
このままハマると思うじゃないですか。
ところがどっこい!!!!なんと!!!!
Travis Japanにハマる爆笑
いや、いまでもトラジャは大好きなんですが、夢ハリが良すぎてトラジャに落ちました。よってやっぱり橋本くんとは進展せず。
2018年に入って、LBTのホールにも入って、橋本くんのうちわも持ったんですけど、ホールってこともあって全然双眼鏡使わなかったような、、。あくまで「比較的橋本くんが好きな人」くらいでした。
そんな私も橋本くんに転機が訪れます。
2018年7月、コインロッカーベイビーズを見に行く。
いや、本当に、歌も演技もものすごくて、完全に橋本くんのことを見直しました(上からですみません、、、)
この辺りから、「来世とか言ってないで自分に素直になって橋本くんの応援をしよう!」という開き直りみたいなものができてきて、
コイベビもう一回行ったり、ジョイポリスに行ってツーショット撮ったり*4しました。それにしても橋本くんのハシもう一回見たいなあ〜〜。
幸いなことに(?)トラジャにハマっていた私はえび座のチケットも持っていたので、えび座で橋本くんをガン見。めちゃくちゃチャラくてかっこいいのに要所要所に可愛いを入れてくる(ハートマークとか投げキスとか)橋本くんに完全に陥落。
仕事のストレスも相まって(?)、円盤や過去CDを買いあさった結果、やっぱり橋本くんはかわいいことを再確認。
息をするように「はしちゃんかわいい、、、はしちゃん世界一、、、、」と騒ぐ橋本くんのモンペになったのでした〜。
モンペになってから初めてのコンサートだった横アリ*5は、マジでずーっと橋本くんに/ロックオンしてて、一挙手一投足の所作がかわいい橋本くんに感動しました。
そんなこんなで今に至ります!こんな私ですがよかったら一緒にはしちゃんいい子いい子してください♡
橋本くんは関東1あざとい系男子*6というより宇宙1かっこよくてあざとくてかわいい男子だよ〜〜!!!
わたしとアイドル-転職活動を経て-
ジャニオタを始めて、好きなものを好きと認めるのが上手くなった。
「これが好き」とか「こんな風になりたい」というのを表明するのが、斜に構えたわたしはずっと苦手だったのだけれど、それって「自分なんかに似合わない」だったり、「できなかったら恥ずかしい」の裏返しでしかなかったなあ、と思うのです。
けれど、24時間テレビで、できない部分も隠さないで理想を目指すSexy Zoneの五人を見て、ABC座でアイドル「なんか」の背中に憧れ脈々と続く事務所の歴史を見て、「できないことにトライするのはかっこ悪くない」と思えるようになったなあ。
「自分もっとできるかも!」、「自分もっとカッコいい大人になりたいかも!」といろいろ思わせてくれる職場だったので(オブラート)、そんなこんなで転職することにしました。
今より色々と大変で「なんで会社辞めちゃったかなあ」と弱っちい私は思いそうなので、ここに書き残しておこうと思いまして。
去年色んなものを見に行ったけど、結構それで考えたことに後押しされたと思います。
24時間テレビでは、自分のこうなりたい!って自意識は恥ずかしくないんだな〜てことを学びました。あと、チャレンジしないと転べない、転機は訪れないってことも。
コインロッカーベイビーズは、「僕は周りに思われてるほど何もできない。騙しているだけだ」という思考から狂っていくハシを見て、自己肯定感の低さの恐ろしさを学びました。
自分を信じれないと、自分を評価してくれる人も信じられなくって幸せになれない。ある程度自信を持つことって大事だ。
内定もらった時、私なんかを採用するのはヤバイ会社なんじゃないかって思考に陥ったんだけど(ネガティブ)、この作品のことを思い出して、転職するのを決意する一因になった。
ここでの演技に魅了されて、あとは普段の自信満々さもカッコよくって、橋本良亮くんにどハマりしたのもいい思い出!笑
いまを生きるは、内定もらったけど行くか決めきれないときに見に行って、転職するって決意するのに役立った作品でした。
楽な方に流れるのは簡単だけど、それって生きているようで死んでいるのかも、とか考えさせられたな。しんどい作品だったけど見てよかった。
あとは、仕事と転職活動で死にそうだったときに支えになってくれた応援屋の円盤とJoyしたいキモチありがとう!!A.B.C-Zはとっても優しくてあったかいグループだね!!この二つは私にとっておくすりでした!笑
興味ない人から見たらアイドルから影響受けるなんてバカみたいかもだけど、背中を押してくれたり、元気をくれたり、今の私にとってアイドルは大事な存在だな〜って思います。
もちろんそれをきっかけに会ったり遊んだりしてくれるお友達も!
二月から新しい職場、きっとつらいこともあるでしょう。
そんな時も、うまくアイドルたちを活用しながら楽しい毎日にできたらいいな!