沼落ちはとつぜんに

唐突にセクゾ沼に落ちた大人。語りたいので作りました。

きみのつよさを覚えていたい

岩橋くんが違う道に進むと発表されて、昨日から私が見た岩橋くんのことをちらほら思い出しているのだけど、やっぱりじわじわとっても寂しい。勝手だけどもう1回ステージに立った姿を見たかったなあ、と思う。

同時に、お知らせ見た瞬間は「そっかあ」くらいの気持ちだったのもあり、岩橋くんがいつの間にか「思い出す」対象になっていたことに気が付いて、ハッとした。ので忘れないうちに岩橋くんのことを書き残しておこうと思う。

 

わたしが岩橋くん君を見ていたのは、2016年ごろからお休みに入るまでだから、たった2年ちょい。別に担当とかじゃなかった(Princeは大好きだったけど岸くんが好きだったので)のでしっかり見ていたとも言い切れないんだけど、そんなわたしから見ても、岩橋くん、本当にプロで本当にスターだった。 Princeって優しくってぽわぽわしたグループだったけど、岩橋くんの存在である種形作られていたところがあったな、としみじみおもう。岩橋くんは周りも含めて場面を作る天才だったな~と。岩橋くんがいることで、神宮司くんはやさしい王子様、国民的彼氏になり、岸くんはいじられ不憫なお兄ちゃんになる。別に型に押し込むとかじゃなくて、むしろのびのび自らの良い面を前面に出して、全然かみ合ってないし喧嘩もするけれど、いつも平和なPrinceの空気感が大好きだったなあ、と改めて思い返している。グループから出ても、かわいいいわちと可愛がる先輩、とかあえて興味を示さない同期、とかいろんな枠組みを一瞬で作る、そんな類稀なアイドルだった。

一方で、(岩橋くんに限ったことじゃないけど)ただ自然体でいるわけではなく、アイドルとして求められることに対応しようとするプロ根性も持っていたのが岩橋くんだったような気がする。いつでもかわいく、所作に手を抜かず、ファンサービスもぬかりない。「絶対に期待を裏切らない」と信頼できるアイドルだなと思っていた。仕事で疲れて帰った後に、テレビで見た岩橋くんの安定した可愛さに救われたことは何度もあるし、身長が低めなことを気にしてか高いヒールを履いてガツガツ踊る強さも大好きだったな。よくインタビューで「かわいいはあえてやっている。ほんとうは男っぽいものが好きだったりするんだよ」みたいなことを言っていたイメージがあるのだけれど、きちんと自分に期待されていることを把握して、たとえ多少意に添わなかったとしても全力で努力してやりきる岩橋くんの根性と強さが本当に本当にだいすきでした。「女の子っぽい」とか「姫」とか形容されることが多かった岩橋くんだけれど(もちろん言わんとしていることはわかるし否定もしないけれど)、いつか彼の魅力がもっとほかの言葉で表現される日が来るといいなあ、彼のつよさが世間に伝わるといいな~と思ったりしました。特に私はBTNが好きで、シャツをはだけさせるいわゆる「男っぽい」パフォーマンスの中で自分のスタイルを崩さず、でも他のメンバーに負けず劣らずかっこよく、美しい岩橋くんが大好きだったんですよね。

 

ただの自分の懐古の書き出しみたいになってきちゃったけど笑、できるだけ、岩橋くんがとっても強くて優しい最高にスターなアイドルだったことを覚えて居たいな、と思う。

岩橋くんがお休みしてからキンプリ自体をあまり見なくなってしまって、彼の不在すら感じるタイミングが少なく(配信ライブのPrince Princessは爆泣きしたけど笑)、彼のことを思い出すことも少なかったし、思い出していないことにもあんまり気づいてなかった。すごく正直に言って、久々に思い出すタイミングが岩橋くんの脱退だったのは悔しいし、寂しいし、やっぱり悲しい。

自分の中で、キンプリに対するスタンスが「岩橋くんが帰ってきたら」みたいになっていたところもあった(あまり追わなくなったことに対する言い訳にしていたところもあった)ので、いつまででも待たせてほしかったし、「いつか岩橋くんの復帰をきっかけにまたキンプリを追う、そして岩橋くんのことをきちんと思い出す」という夢を見続けたかったなと思う。けどこれはオタクの自分勝手ですね。

わたしが日常に追われて岩橋くんのことを思い出すタイミングがなくなったのと同じように、岩橋くんの人生もこの2年半の間進んでいたんだよな、ということに今になってようやく思い至る。わたしたちファンは、アイドルだって生きている、人生があることをこんなにも簡単に忘れてしまう。

わたしたちを「待たせない」決断をして、新たな道を進むという大きな大きな決断をして、私にきみを思い出させてくれてありがとう、とはやく思えるようになりたいな。どんな結論であれ、下すのはこわい。こんな大きな決断を下すことができた岩橋くんはやっぱり根性があって強くてきれいだな、と改めて思ったよ。 せっかく思い出すきっかけをもらったから、これからはなるべく、岩橋くんの美しさや可愛さや、もらったやさしさを覚えていたいと思います。PrincePrincessはいわちがいたからこそより説得力を持った歌だったし、デビューコンでいわちが考えてくれたPrinceコーナーのこと、きっと、なるべく、できるだけ、忘れない。

 

岩橋くん、「絶対に素でファンの前に立つことはない」みたいなことを言っていたのも、最近アイドルのペルソナについて考えることが多いのもあり、とても印象に残っている。わたしはアイドル・岩橋玄樹のキラキラとしたペルソナが大好きだったけれど、これからはきっとそれを外して素の岩橋くんの人生が始まるんだね。その人生とわたしが交わることは今までもこれからも絶対にないけれど、いつまでもお元気で、幸せに生きてほしいな〜と勝手に祈ってみたりする。

 

誰もがこの星の大切なPrince Princess 扉を開く鍵握ってる

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新しい扉を開く岩橋くんに、幸せがたくさん届きますように。大好きだったよ!アイドル・岩橋くん、今までありがとう。おつかれさま。

世界は変わらないけれど-舞台『Oslo』感想-

こんにちは!先日、イスラエルパレスチナ間の1994年の和平交渉(オスロ合意)の裏側を描いた、V6の坂本さん主演の『Oslo』を見てきたので感想を書きたいと思います。(ちなみに見に行ったきっかけはA.B.C-Zの河合君が出ているからです)

正直、歴史ものなので、結末は知っているじゃないですか。オスロ合意が為されたことも、だけどその後のオスロプロセスは失敗に終わることも。だから行く前は、「オスロ合意そのものだけをピックアップして礼賛するような舞台だったら冷めちゃうな、、」と思っていたんだけど、そんなことはなくて、いろいろと思うところがあったので、ブログを書くことにしました。

見て思ったこと、「世界は変わらない」「だけど、それでも」ということです。

私たち、別に行動とかはしてなくても、心のどこかで「世界が平和になったらいいな」とか「戦争も貧困も災害もなくなったらいいな」みたいな気持ちをもってるかな〜と思います。そして、ぼんやり、いつか奇跡みたいなことが起こって、平和な世界が訪れる日もあるかな、みたいな。(日本みたいに、いわゆる「平和な」世界を生きているとなおさら。)

舞台「Oslo」で坂本さんが演じるノルウェー社会学者のテリエは、そんな思いをさらに具体化させた人物です。外交官の妻モナと訪れたイスラエルで、イスラエルの少年とパレスチナの少年が武器を突き付けあっているのを見て、「中東に和平を」という思いを抱き行動を開始します。(ちなみにですが、舞台のポスターなどに書かれたキャッチコピーは「リスクを冒す価値はある。成功すれば、世界を変えることになる!」です)

具体的には、当時は膠着状態にあった多国間協議とは別に、秘密裏にイスラエルパレスチナ間の交渉の場を提供していくわけですね。当時のイスラエルでは公人がパレスチナPLO)の人間と会うことは法律違反だったりしたので、経済学の研究のための意見交換、という体裁から初めて徐々に徐々にプレイヤーの権限を上げていく、ということを実施していました。
最初からすべての論点で合意を目指すことはせず、一つ一つ解決していこう、これがテリエの推奨する漸進主義です。並行して行われていたのが、「個人同士の友人関係を結ぶこと」です。徹底して交渉の場以外では互いは友人である、ということを言い聞かせ、ともに食事をとり、酒を酌み交わし、信頼関係を築いていきました。
私もこの舞台を見るまであまりピンと来ていなかったのだけれど、イスラエルパレスチナ間の対立って思った以上に根深くて(歴史的・宗教的な背景もあるしね)、交渉のプレイヤーたちも互いの国の人に初めて会った、みたいな状態なわけです。さらに交渉中も武力衝突とかは起こっていて、正直交渉の余地、なくない、、?みたいに思うんだけど、それでもあきらめずに場を提供するテリエとモナの行動力はすごいな、、と素直に思った。そして、そんな「交渉の余地なんてない」と思える場において、風穴を開けてくれるのは、個人同士の信頼関係だったりするのだな、、と思いました。個人と政治は分けて考えるべきだ、と基本的には思っているし、きちんと当人同士はそれはそれ、これはこれと頭の中で分別しているからこそ(本舞台で言えば、わかりやすく部屋を分けているからこそ)、どんなに国同士が対立してある場合でも、友人関係を築くことはできる、そしてそれが対立状態に良い影響を与えることがある、というのは希望だ、、と思いました。(国家のような継続を前提とした組織において、個人同士の関係性に頼りすぎることは危険でもあるけれど)

同時に、交渉という場では「気持ちはどうあれ実利を取ろう」という考えが重要になる側面もあるのかな、とも思います。この場合は「無用な武力衝突は避けたい」という思いは両者で一致しているから、これまでの経緯とかその他譲れない論点(エルサレムの扱いとかね)を保留にしてでも合意を目指そうとする姿勢になるのが理想的なのだろうな、と。ウリとクレイの散歩中の会話の「両国とも過去を生きている」というセリフが顕著かなあ、と思っているのだけど、一方でその言葉を引き出せたのも二人の信頼関係があってこそ、、と思うと情と理のバランスって難しいな、と思う。(感情面を乗り越えて実利を取るために感情面の整備が必要、みたいな、、、)しかし、対立している人たちが合意に向かっていくには、地道に、小さいことだとしても合意できる点をみつけて(この舞台では最初に提示されるのは民間レベルでの経済協力)、それをきっかけに大きな目標を共有していき(武力衝突はいやだ)目線を上げさせていくってことしかないのかなあ、と。(地道にやることを選択したテリエたちは本当にすごい)

こうして(?)さまざまな苦労の末に歴史的なオスロ合意にたどり着くわけですが(パレスチナ側の「みんな泣いているんだ、生きてこの日を迎えることができると思っていなかったから」のセリフにグッとくる)、結論から言うとオスロプロセスはうまくいきませんでした。
関係者の多くは過激派によって暗殺されてしまったりするし、過程は割愛させていただきますが、中東問題は2021年の今も全く解決していません。ガザ地区はまだパレスチナ難民であふれかえっている。その旨、舞台のラストでもきちんと説明されます。

「やっぱり世界は変わらない」。それは否定しようもない事実だな、と改めて思った。一歩一歩進んでいっても、ちょっとしたきっかけで(天災や世論の傾き、突発的な衝突とか)すぐにひっくり返されるし、オスロ合意を推進したのが個人同士の信頼関係だったのと同様に、逆にすべての人が同じ方向を向いて対立や理不尽な嫌悪感をなくすことなんて正直絶対無理だと思う。だからこそ、関係者は暗殺されてしまったわけで。

中東問題は私には少し遠い問題で手触り感がないけれど、身近なところでもうっすらとした他国に対する差別的発言を耳にすることはあったり、アメリカや欧米ではコロナをきっかけにアジア人差別が強まっているようだし、問題をすり替えれば当事者にもなる可能性は全然あって、そのどの問題でも最終的には「世界が変わることはない」という結論に達してしまうのだろうな、と思う。

ただ、じゃあ諦めるのか、何もしないのか、というのはまた別の問題であるのだなあ、というのもOsloで感じたことです。

ラストのオスロ合意後の顛末を語るシーンには一つだけ救いがありました。
「ウリとクレイ、またその娘たちはまだ連絡を取り合っている」
どんなに国同士の問題が解決しなくても、個人同士で結んだ信頼関係はそうなくならない。
理想論かもしれないけれど、個人の意識を変えていくことで、劇的には変わらなくても、少しでも良い世界に近づくってことはないのかなあ、と祈ってしまう。

また、「世界は変わらない」と感じることができたのは、テリエたちが動き、世界を変えようと試みたからでもある。諦めて行動しないままでは、「世界は変わらない」という事実にたどり着くことすらできないんだな、と。お互いに不満を認め合うから、歩み寄ることができるわけだし、「世界は変わらない」「だけど、それでも」「じゃあどうする?」まで考えていくしかないんだろうな、と思ったのでした。諦めずに理想を掲げていかないと、少しの進歩も無くなってしまうから、意味がない、無駄だ、無理だ、と自分に言い訳していくのはやめたいな、まずは自分の意識からだな、と思うわけで。

行ったり来たりでわかりづらい文章になってしまいましたが、Osloの感想でした~。見に行って良かったな!

2020年現場まとめ〜7-12月〜

こんなご時世ですが、ありがたいことにそこそこ現場に行かせていただいたのでまとめまーす

前半(アンド幻の)現場まとめはこちら↓

https://kataritagari.hatenablog.com/entry/2020/05/31/003932

 

⭐︎7/9夜、15夜、19昼、22昼 朗読劇 日本文学の旅@よみうり大手町ホール

ジャニーズ初現場だったらしい橋本くんの舞台。いわゆる第二波?真っ只中だったのでそうとうスタッフさん達もナーバスで、気を遣った現場でした。

その分(?)、脚本や演出にもすごく気が遣われていてこれが一発目で良かったんだろうな、と思ったな。細かい感想は当時結構ブログ書いたので割愛。

年始橋本くんとはいろいろ()あったのですが、ころなでうやむやになり、完全にこれで気持ちが戻ってしまったんだよな〜それくらい彼の覚悟と努力が感じられて良い現場だったな!席も相当良かったし!笑

しかし初日誕生日楽全部入るなんて強いオタクみたいなことはもうしないような気もする。、、笑

 

⭐︎10/4昼、10/25夜 ABC座2020 オレたち応援屋‼︎ on stage@日本青年館ホール

今年もあって良かったえび座!だし5人が揃ってキラキラの衣装とキラキラの照明の元出てきた時はえび座だ( ;  ; )( ;  ; )( ;  ; )って超感動した。

けどやっぱり内容はダメだったと思う。映画よりはマシだったけど今後のためにもダメものはダメと言っていこうと思うので、ネガティブなこと言って申し訳ないけど言わせていただきます。

古き良きと時代遅れって似てるけど違うからな(バカデカ声)というのと、シンプルにテンポの悪さと脚本がつまらんかったのがダメだったと思う。えびちゃんもジュニアのみんなもその他の出演者も上手だっただけに演出・脚本が残念でかなしかったです。来年はより良いえび座になりますよう!

 

⭐︎12/13昼 DREAM BOYS@帝国劇場

岸神ドリボ!今年も素晴らしかった〜〜!

そもそもジャニーズの帝劇のきらきら感が大好きなのですが、ドリボは話がわかる!そして岸くんと神宮寺くんがとにかく上手い!!!

演者の力量に感動して帰れる現場ほどいい物ないよな〜と思うし、コンパクトにわかりやすく、それでいてきらきら感を消さずに演出してくれた光一くんにも感謝だなあ、と思う。

ユウタの悪夢?のところの群舞が大好きでした。来年も見たいな。残りの日程も無事走り抜けられますよう!

 

⭐︎12/22夜 A.B.C-Z 1st Christmas Concert Continue?@EX theater ROPPONGI

初のEXがえびになるとは!笑

今年のえびちゃんがえび座で終わらなくて良かったという気持ちと、改めてアルバムやコンサートがお蔵にならなくて良かったという感謝だけでお腹いっぱいなところがあったんだけど内容も最高だった〜!

大好きな終電がクリスマスに聞けたこと、衣装が最高に王子だったこと、めちゃめちゃレーザー焚きながれめちゃめちゃ踊ってくれたこと、全てが嬉しかったなあ。橋本くんめちゃくちゃかっこよかったあ、、。

今年自Gのコンサート見れたことって奇跡だと思うので、メンバー、スタッフ、ファン、世の中全てに感謝!

 

そんなこんなで、2020は計11現場でした。ほとんどえびです。

やっぱり配信があんまり得意じゃなく、見るなら現場だなあ、と思う一方、このご時世で「本当に行きたいのか?」とワンクッション置いてから行くようになっちゃったから来年はもう少し減るのかなあ、なんて思ってます。まあわかんないけどね!

やっつけ感すごいけどおっしまい!

 

はしブロが終わる前にはしブロのいいところをまとめただけの脳直ブログ

ここにたどり着いた方!!とりあえずこんなブログ読んでないでいますぐジャニーズウェブ内のA.B.C-Zのページのえびブロの赤い星(はっしー)をクリックしてくれ!!!!!!!!!!!!!!!!!!明日29日の12時までに!!!!!!!!!!!!!!!!!

とりあえずリンクを貼る

https://www.johnnys-web.com/page?id=3&artist=175&diary=630&page=1

 

ということで(?)こんばんは、日々はしブロに生かされ、ころされ、はしブロと喧嘩と和解を繰り返す、はしブロ出の橋本担です。

なんとまあ、えびブロがリニューアルということで、明日の12時ではしブロがなくなるらしい。なくなる10数時間前に宣伝のブログ書いてどうする??と自分でも思うが、終わる前になんとか!!私のはしブロへの執着をかたちに!!と思いブログを書き始めたわけです(?)暇だったら読んでって~。ではしブロに間に合わなければ始まるらしい橋本良亮くんの個人連載の読者になってください(?)

 

ということではしブロのいいところをランキング形式で書いていこうと思います!いや有料コンテンツって内容どこまで触れていいかわかんないからむずかしいね!

 

第6位 いぬと姪っ子甥っ子がかわいい

ジャニーズと犬、ジャニーズとちびっこ、みんな好きでしょ?(偏見)橋本くんのブログ、体感2回に1回この話題です。

特に姪っ子のことは溺愛しており、「リョースケ以外と結婚したくない」姪っ子ちゃんを溺愛しつつも振り続ける芸(芸)は一見の価値あり。振りすぎたのか姪っ子ちゃんは最近平野紫耀くんに降りたらしい(笑うところ)

おいぬさまネタも写真と合わせてとてもかわいい。いつかおいぬさまのお鼻をぱくっとする橋本くんの動画が公開されてオタクは死んだ。ついでに言うとおいぬさまネタのときはお家も映り込みがちなので、死にそうになりながら死ぬほど拡大しております。

 

第5位 ぶりっこしすぎて幼児返りした橋本くんが見れる

橋本くん、他担の方はクールなイメージお持ちの方が多いみたいなんですけど、実はめちゃめちゃぶりっこです。そしてぶりっこのパターンが基本的に赤ちゃん言葉である。(それをすれば喜ぶと思われている橋本担は舐められているが、橋本担と書いて世界一チョロいと読むので間違っていない)

「ごめんなちゃい」「ゆるちて」「あいちてる」「いちゃいちゃしよーね」等が基本ワード。更新が滞った時はこれらの言葉ではぐらかされるが、橋本担は死ぬほどチョロいので簡単にほだされます。

 

第4位 メンヘラギャルブログが読める

橋本くんの属性その1、メンヘラギャル。自信がなくなった時なのか、時々「俺の頃好き?」「なんでそんなに好きでいてくれるの?」のような内容のブログが定期的に上がる。オタクに対しての「すき」が計75回書かれたブログは殿堂入りの作品。そして普段は橋本担につめたい(あえて橋本担のとなりの他メンバーのオタクにファンサして「なんで、、」って顔を見るのが好きとのこと)(正気か)橋本くんだが、こういうときだけ橋本担にやさしい。緊急事態宣言下でも「橋本担に会いたい」と橋本担限定のメッセージを記し、久々に橋本担は他担にマウントを取ることができた。飴と鞭。橋本良亮はわるいおとこ、、、。

 

第3位 橋本飯が見れる

橋本くん、良くも悪くも料理好き。めっちゃ料理の写真を載せる。私個人でいうとある意味1位というか、私は異様に橋本飯に執着しているので冷静な判断があんまりできないんだけど、食って生命だからいろいろ捗るよね。ジャニーズの料理好きな方って結構いると思うのでよかったら橋本飯も見てほしい。男飯!てきなざつなものからおしゃれ料理までいろいろです。

私は執着しすぎて自分の感想とともにエクセルにまとめてるんだけど(怖すぎ)ここに載せられるシロモノではないので、興味のある方がもしもいらしゃったら連絡ください♪(いねえよ)

 

第2位 都合の良い女ヅラできる

彼女ヅラではなくあくまで、’都合の良い女ヅラ’。それでこそ橋本良亮である。

オチのない(もしくはつまらない)どうでも話がときどきあがるんですよね~、はしブロ。誰かに話したいけどわざわざ連絡とるほどじゃないな~と思うレベルの話の時はブログにアップなのかな、と思うと俺らオタクは都合の良い女!!!最高!!!ってなる。私は橋本くんの都合の良い女になる(私だけ本気でバッドエンド)という虚妄をしがちなのでとてもこれはありがた案件。

 

第1位 真っすぐでシンプルな言葉たち

ようやくまともな話をするよ!!!

橋本くん、たぶんあんまり言葉をしらないから、シンプルな言葉で全てを語りがち。「好き」「いやだ」「くやしい」あたりで構成されている気がするんですけど、だからこそ、自分への言い訳とか逃げ場とかが基本的にないんですよ。これって私にはできないすごくつよくて素敵な言葉選びだなー!っていっつも思っていて、シンプルだからこそ心に最短距離で届くまっすぐな言葉たちがだいすきなんですよね!!!いや!!!橋本構文さいこう!!!

 

ブログネタだけじゃないけど昨年末にざくっと作った橋本くんの好きな言葉の一覧を貼る(雑)(すぐエクセルにするタイプのおたく)(特殊)

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いや~~~はしブロって最高だな!3回に2回くらいころされてるけど(私が厄介オタクなので深読みしすぎる)(橋本くんは悪くない)なんだかんだ私ははしブロ出の橋本担だな、、と改めて。すこしでも興味を持ってもらえたら、間に合えばはしブロ、間に合わなければあさって?から始まる橋本くんの新連載を読んでほしい。

無理やりはしブロの寿命に間に合わせたので、雑すぎてすごい不本意なんだけど、

はしぶろは最高!はしブロはみんなの心の中で生き続けるよ!!!ありがとうはしブロ!!!!

日本文学の旅、感想

日本文学の旅、あらためてお疲れさまでした〜〜。
私自身の好き嫌いでいうと正直好き、とか面白かった、 とか言いきれない部分があるのですが笑
いろいろと配慮がきちんとされていて、イケている作品だなあ、 と思ったので、感想をきちんと記しておきたいと思います。

<概要>
もともとオリンピックに向けて日本の文化を国内外に発信する日本博の一環?とのことで日本文学作品を紹介していくという作品。
橋本くんは舞台となっている架空の図書館の蔵書のことは何でも知っている司書さん、 共演の新納さんは日本文学の旅を橋本くんに所望する一般的な(?) 読書家の役柄です。
二人の掛け合いで作品の背景などを紹介しながら、 抜粋された日本文学作品を二人で朗読します。

<日本文学(古典)への出会いのきっかけとして>
企画された時点ではオリンピック案件?ということもあり、 外国の方も含めた「 古典にあまり触れ合ってこなかった人に古典との出会いを提供する 」が一つのテーマだったと思うのだけれど、 私自身も古典はほとんど何も知らない( 中高時代古文の授業が大嫌いだった)タイプの人間だったので、 触れ合える機会を提供してもらえた、 というのは素直にうれしかった。
そういう意味ではジャニーズアイドルである橋本くんの起用はかな り納得感があって、 とっつきにくいなと思われがちなジャンルに対するジャニーズの起用はすごく好き。(ニュースシブ5時へのセクゾの起用とか)
ともすれば中高生にとっては「かっこ悪い」 と思われるかもしれない、 でも知っていたほうがいいことへの架け橋にジャニーズがなっているのは希望が持てるなあ、なんて思います。
劇中で「 古典って読もうって思っているうちに何十年とすぎていくんだよな 」「古典とはそういうものです」っていうやり取りがあったけど、 私も今回の舞台をきっかけに何作か読んだので、 ほっとくと読まないまま人生を終えてしまう古典を読む機会をもらえたのは本当に感謝!

一方で、 初見の日私自身がついていけなくなってかなりウトウトしてしまったのもありw、 古典を知らない人からすると少し内容が難しかった( 言葉を選ばず言うと国語の授業感が強すぎた)ように思います。 平家物語の部分が一番眠気との戦いだったんだけど、 古典の原文の朗読はあの長さだと途中で置いて行かれるともうダメ ~ってなちゃったかも。

<言葉の音と橋本くんの成長について>
本作は音楽朗読劇ということもあり、「 音楽のように日本語の響きを楽しむ」がテーマだったのかな、 と思います。
枕草子とか、 朗読に合わせて音楽だけではなく足音とかカラスの鳴き声とかまで音楽班が再現してくれていたのを見て、 すごく贅沢な言葉の楽しみ方だなあ、と思いました。
私自身、 言葉は好きなんだけどその比重が外国語に偏っているので、 今回の日本語の美しさを理解しきれたとは到底思えないんだけど、 それは私自身の問題ですね( 私の日本語への軽視は私の自己肯定感の低さが日本という自身のルーツへの低評価につながっているのが一因だとおもうので、 そこも含めて今後克服していきたいな、と思ったり)

同時に、言葉の響きがカギになる作品なので、 橋本くん超慎重に読んでるなー!って思いました。 そして担当に対するひいき目があるのは自覚しているけど、 ほんとにほんとに橋本くんうまくなった。 初日ちょっとびっくりしちゃったもん。
橋本くんの演技って良くも悪くも勢いがあるというか、 ご本人があまり日本語が得意そうじゃないのもあり笑、 切り方おかしいよね?とかイントネーション?? ってことがままある印象だったけど笑、 今回はそれがほとんどなくて!!!
本人も千秋楽ですずかつさんに指導してもらったと言っていたけど 、本当にびっくりしました。声もめっちゃ出ていたし。
やっぱり自粛期間中にいろいろ思うところがあったのかしら、 と勝手ながら想像し、オタクはうれしくなりました。 次回の現場にも生かしたい、とも言っていたけど、 このご時世に前を向き続けるその姿勢にもかなりグッときちゃった 。

<役者と役柄のオーバーラップ>
事実として、今回客席の8割がた(もっとかな笑) 橋本くんのオタクだったと思うんだけど、
観客が「橋本くんは若いイケメン」「 新納さんは壮年のベテラン俳優」 という共通認識を持っていることを前提としたセリフや演出が多くて面白いなと思いました。
例えば、源氏物語平家物語では「美少年側」 を橋本くんが読み続けたり、風姿花伝では「 美少年は特例だがそうでなければ壮年の役者は-」 という話を橋本くんが新納さんに対して読んだりとか。
昨今はリアリティショーの問題とかから、 役柄とキャスト本人を混同させるのってどうなの? という話があったりもするけれど、 客席に合わせてクスっとできるような演出は面白いな、 と素直に思ったな(テレビと違って客席がある程度特定? できるのが舞台のいいところだともおもうので)
逆に言うと、オリンピックがあって、 客層のバラエティがもうちょっと広がる状況だったらこの辺は全然違ったのかなあ、とか考えてみるのも結構面白かったり。

<世情への配慮>
感染対策はもちろんだけど、 世情への配慮がところどころに感じられていい作品だな、 とおもいました。
コロナの件については、 随所にみられるソーシャルディスタンスポーズや、 開演前の注意のナレーションなどである程度茶化してくれることに よって、「劇場に来る」 という行為で気持ちがナーバスになっている観客を温めてくれてありがたいな、と思いました。
あとはやっぱり女流文学の件と、私の個人主義かな。
女流文学は、「そもそもその言葉ってどうなの?」 という疑問はきちんと呈しつつ、 事実として文壇が男社会だったことやその原因として男女の教育格差があったことを否定せず明言するのはかなり好きでした。 客席のほとんどが橋本くんのオタク= 女性であることをかんがみるとなおさらね。
「私の個人主義」は、本作品が「日本博」の案件であることから、 ともすればナショナリズム的な作品になってしまうところをきちんとけん制するというか、 ナイスチョイスすぎてちょっとびっくりしちゃったもんな。 青空文庫で読んだのだけど、 このタイミングで読むきっかけをもらえたことも感謝感謝なので、 みなさんもぜひ読んでみてほしい。

あとは、朗読される最後の作品で桜桃の「私は、悲しい時に、 かえって軽い楽しい物語の創造に努力する」 という一節を選んでいること。いまは世界的に「悲しい時」 と言ってしまって良いと思うのだけれど、だからこそ、「 軽い楽しい」気持ちを忘れちゃいけないよね、 というメッセージかなあ、とかおもってました。 いやこの一節も本当にナイスチョイス。

<本に出会うまでの道筋>
これは先日Defiledのリーディングに行ったことも大きいのだけれど。
Defiledでは「出会うまでの道筋も読書の一環だ、 自動化なんて絶対ダメ」 という主張をハリーがしていたように思うけど、 日本文学の旅の司書さんの案内は自動化にすごく近しいように感じました。(というか司書さんAI的ななにかかかな、、 とか私は思ってた)
司書さんが言うように、「 人生は短いんだからある程度効率的に自動化機械化を受け入れて生きたほうが本をたくさん読める=遠くに行ける」 のは事実だろうと思う。
けどこれって生の観劇と映像配信とかでも同じだと思って、 こないだブログに書いたように、「行くまでの準備や道筋」とか「空間」も含めて私は観劇が好きだなと思うのもまた事実。
今は勝手に(?)感染対策の名のもとに自動化、機械化、 配信のほうに誰もが傾いていると思うし仕方ないと思うんだけれど 、
遠回りにはなるけれど、「自分で本を探してみる」「 劇場まで足をはこぶ」 という選択肢でしか味わえない感情があることも忘れないでいたいなあ、と思うんです。
まあ一方で今後どうなるかわかんないから、 そんな感情忘れちゃったほうがうまく生きられる気もするけどね! Defiledのハリーも結局死んじゃうしさ!


とっちらかったけど以上です!現場の感想書けるの、 普通にうれしいな!笑

この時期の現場を通い終えて思うこと。

本日無事、橋本くんの舞台の千秋楽が終わった。
普段だったら「終わらないで~!」 という感情が一番に来るところ、 無事終わった安心感のほうが強いのがちょっと寂しいけれど、 一公演も中止にならず、千秋楽まで上演できたことを、 今は素直に喜びたいと思う。
あとはここから2週間程度、私にも、 あの舞台に関わったすべての人にも、 何もないことを祈るばかりだ。

感染リスクや、社会的な死() にビビりながらもしっかり初日から千秋楽まで通ってしまったクソオタクの私だが、久々に現場に行って、 やっぱり現場っていいなと思った。あと、 私もアイドルも生きているな、実在するな、と思った。

現場の前日、いつもよりちょっと長めにお風呂に入る。 そして爪を塗る。
当日は、いつも通り家で仕事をこなしながらも、 合間に身だしなみを整える。最近は出かけることも少ないし、 マスクもしているしで手を抜きがちな化粧をきちんとする。
メンバーカラーの服にしようかな、と悩んで、 でも個人仕事だからなあ、 なんて思って結局全然関係ないただ気に入っている服に着替える。 でもアクセサリーや爪の色はメンカラだったりして、 中途半端な自分にすこし苦笑いする。
こうしているうちに少しずつ、少しずつ、 現場に向けて気持ちが整っていく。

舞台の内容に思いを馳せながら電車に乗る。 会場の最寄で電車を降りると、もしかして目的地同じかな? という人もちらほらいて、勝手に仲間意識を感じてみる。
会場で、たまたま会った知り合いと「 橋本くんがんばってますねー」なんてちょこっと言葉を交わしたりなんかして、 席に着く。
席が近い日は、「今日は近いなー!」と思ってうれしくなるし、 遠ければ「これはこれでありかも」と思ってみたり、 より見やすい角度を探して双眼鏡を調整したりする。 開演時間が近づいてくると、ああ、そろそろ始まる、と思って、 出演するわけでもないのにだんだん緊張してくる。
ちょっと前まで当たり前だったルーティーンが、 ところどころ形は変わっているけれど、確かに、 劇場にはまだあった。

在宅勤務をしていると、どうしても、 私の中の公私の境界線があいまいになる。
今まで、場所や、服装や、 時間でほとんど完全に仕事とその他を分けていた私も、 まず場所や服装で仕事とそれ以外を切り分けることができなくなった。
それなら時間できっちり分けられればいいのだろうけど、 さぼり癖のある私は(会社に通ってた時もやってたけど) ついついツイッターしちゃったり、 テレビ見ながら仕事しちゃったりする。
合間に休憩がてら家事したりもするから、 時間の分割損は減っていると思うし、通勤時間だって無くなるし、 もちろんいいこともたくさんあるけれど、 この自分と自分が溶け合っていくことについて違和感がないと言ったらうそになる。

そんな中で、今回現場に通っているときの私は確かに「 現場に行くオタクのわたし」だった。
場所も、時間も、身にまとうものも、 今回の舞台のためだけに用意した「純度100%のわたし」だ。
これまで特別に感じたことはなかったけれど、 これは想像以上に贅沢なことだ。仕事にも、それ以外のことにも、 邪魔をされない、舞台のためのわたし。
いくつかあるわたしの側面の一つだけを切り出せた時間が、 現場ではいまのところまだ保証されているということに気がついて 、ただただうれしくなった。
配信も見るし楽しんでいるけれど、それでも私はやっぱり、 そこに行くまでの工程や場所も含めて「現場」が好きだなあ、 と思ってしまった。このご時世こういう実感をしてしまったのが、 良いのか悪いのかはわかんないけど。
(一方で、前回書いたように、ウイルスはそんなこと気にせず、 どんなわたしでも媒介になりうるのがつらいところなのだけれど)

<おまけ>
こうして、日常から切り離された「現場に行くオタクのわたし」 の時間を過ごすと、 最近平坦にただただ過ぎていっている普段の日常の輪郭が、 すこしだけクリアになった。毎日私って生きてるんだなあ、 と。

それと同時に、私が応援しているアイドルも「 生きているんだなあ」と実感した。

皆さんご存じの通り(?)私は、私の中の〇〇 君像をひたすら組み立てるタイプのオタクである。 特に橋本くんに対してはそれが顕著で、 私の見ている橋本くんと同じものを見ている人はきっといないと思 うし、実際の本人( そもそもそんなもの定義できるのかという話もあるけど) とも私の橋本くん像はそれなりにかけ離れているだろうし、 それでいいと思って生きてきた。

そんな中、緊急事態宣言の3か月?間、 ジャニーズのアイドルたちは基本的に表舞台に出てこなくなった。
一方で、彼らも、私も暇である。 橋本くんは毎日ひたすらブログを上げていた。( ちなみに普段は1-2か月に一度程度の更新である)
さらに言うと、A.B.C- Zはグループで動画の企画もやっていたので、5日に1回程度、 お家で撮影したと思しき動画を見る機会があった。
つまりは、「表舞台の供給はないが、 プライベートが垣間見える供給はなぜか大量にある」状況だった。 そして、何度も言うが私は暇だった。
(蛇足だけど、アイドル側も、 私以上に公私の境目が曖昧になって大変な時期だっただろう、 とおもう)

結果として、供給されたブログや動画の内容をもとに、 私の中の橋本くん像の組み立ては急速に進んだと思う。 もうほとんど小説の登場人物みたいに。
別にこの楽しみ方が間違っていると思ってないし治す気もないけど、事実として。

そんな毎日を過ごした後、8か月振り?くらいに、生で橋本くんを見たわけで。
シンプルに、あ、実在するんだ、と思った。
あくまで舞台だから、彼自身の言葉ってカテコの挨拶くらいで、 別に組み立てた橋本くん像との齟齬があったとか答え合わせがされたとかじゃないんだけど、なんていうか、 パチンと焦点が強制的に合わされた感覚があって、 時々こうやってチューニングすることは大切だなあと思った。

舞台上で、橋本くんは、ときどき台詞を噛むし、水を飲むし、 鼻や頭をかいたりする。難しそうな箇所ではどんどん頭が台本に近づいてしまう。そのたびに、ああ生きているんだな、 と思う。
橋本くんは、今回の演技もそうだし、 普段の言動もちっとも完璧じゃない。
でも、生身の橋本くんに触れるたび、この橋本くんの完璧じゃない人間っぽさが大嫌いで大好きなんだよなあ、と改めて思わされてしまう。
(そして少しだけ、 ブログや動画で垣間見えた家の様子が頭をよぎり、 舞台に立つ彼の後ろにたしかに存在する実際の生活に、 こっそりと思いを馳せる)

生きている、実在する人を応援することって、 いいことばかりではない。 私が組み立てたり彼らに勝手に望んだりする人物像との言動のギャップに頭を殴られるような感覚になる時もあるし、逆にハッとするような、意外で嬉しい発見があったりする。 この良くも悪くも予想できない意外性が、「生きているんだな」 という思いにつながっているのかなあ。
そして、結局この「生きているんだな」 の実感を求めて私は生身の人間のオタクしているのかなあ、と思ったりした。
月並みな言葉だけど、改めて、 同じ世界に生きている人を応援できていることは、 とてつもない贅沢で、ありがたいな、と思った。 今後もどうぞ健康で、幸せな毎日を過ごしてね、 とおこがましいながらも祈ってしまったりして、 私の現場期間は終わったのでした。

現場期間振り返り、おっしまい。

日本文学の旅、予習復習用メモ(7/15追記)

<7/15夜公演観劇分を更新しました!>

 

日本文学の旅、無事幕が上がりましたねー!このまま千秋楽まで何事もありませんように🙏

 

初日入ったんですが、古文・文学史わからない勢なので、置いていかれる部分や眠気と戦う部分もあったので(正直)、残りの公演を楽しむために自分用にお勉強メモにしたいと思います!橋本くんは本当にわたしの履修漏れを指摘してくる!高校の時に見たかった!笑

ガッツリネタバレand抜け漏れや間違いもあるかと思うので(1回見ただけだし、全部Google先生でしらべてますので、、)、自己責任でお願いしまーす

 

古事記(712年?)

日本最古の歴史書日本書紀万葉集と合わせて奈良時代の三代文学?

世界の成り立ちや神様の出現、皇位の継承とかが書かれている。

(この世界の出現?みたいなところ読んでた気がする。次回確認します 7/12時点)

☆7/15追記

原文読んだ後に、武田祐吉(国文学者)の現代語訳、さらに柔らかくわかりやすくということで児童文学の古事記物語(鈴木三重吉)を読んでくれます。

とろとろと~みたいなところ(雑か??)言葉の柔らかさと橋本くんの声色の柔らかさが相まっててとても良い!

 

日本書紀(720年)

日本にのこる最古の正史(国家によって正式に編纂された歴史のこと)。

神代から持統天皇の時代までが範囲。

古事記と併せてどっか読んでたような気もする、、これも次回確認 7/12時点)

☆7/15追記

すみません。三大上代文学文学の一つとして名前が出ただけでした。

 

万葉集(780年?)

日本最古の歌集。全20巻4500首以上。

教科書とかに載っている有名なのは「あたらしき としのはじめの はつはるの〜」とか「いわばしる たるみのうえの さわらびの〜」とかだけど、今回取り上げられるのは第一首め(ガチの日本一首目ってことだね!)

籠よ、み籠持ち、ふくしもよ、みふくし持ち、この丘に、菜摘みます児、家聞かな、名告(のら)さね

 

土佐日記(934年)

紀貫之が女のふりをして書いた日記。日本文学史上初の日記(そしてかな文学?)

有名な書き出しの部分を読んでたはず。(次回再確認 7/12時点)

「男もすなる日記といふものを、女もしてみむとてするなり。」

後半の女流文学のくだりでも触れられてたね!

 

枕草子(1001年ごろ)

☆7/15追記

土佐日記の後でした!

 「春はあけぼの~」のくだりを読んでいて照明とも相まってきれいだったな。

 

伊勢物語(900年前後)

平安時代の歌物語。竹取物語と並んでかな文学の代表。

劇中では物語文学のはしりとして紹介。

「むかし、おとこありけり」

 

源氏物語(1008年)

紫式部の物語文学。劇中で読まれるのは与謝野晶子による現代語訳の若紫の巻。

個人的には本当に本当に見せ場ですね、、美男子光源氏の部分を橋本くんが読みます。

あらすじはちょ~ざっくりいうと、光源氏が10歳?の女の子に一目ぼれして、うちにください!って保護者である尼さんにずっとお願いしているんだけどかなわず、最終的に連れ去っちゃうという、有名なアレです。

http://kokken.onvisiting.com/genji/genji075.php

☆7/15 追記

あと、冒頭を原文&与謝野晶子の訳で読んでました。

たぶんだけど、若紫の部分の源氏のセリフは与謝野晶子版 からさらにアレンジ加えてる?ような気がしました。それにしてもここ良すぎるよねえ、、、。

 

百人一首新古今和歌集  1200年ごろ)

結構いろいろ読んでたけどどの首呼んでたかは次回以降確認(7/12時点)

ここだけ、百人一首(ゲームの)と同じく台本見ないで全部暗記でやってて、そういうの好きだよ~!ってなった!橋本くんの役は間違えない側だからさらに大変だっただろうなあ。

☆7/15追記

源氏物語の後でした!

読まれてたのはたぶんてこの辺(どっちがどっちかは自信ないのですが、たぶん★がはしちゃん、・がにーろさん)

・来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ 権中納言定家

・秋の田のかりほの庵の苫をあらみ我が衣手は露に濡れつつ 天智天皇

・天の原ふりさけみれば春日なる三笠の山に出でし月かも 阿部仲麿

・花の色は移りにけりないたづらに我が身世にふるながめせしまに 小野小町

★世をこめて岩にせかるる滝川のわれても末に逢はむとぞ思ふ 崇徳院

★ちはやぶる神代もきかず竜田川からくれなゐに水くくるとは 在原業平朝臣

・百敷や古き軒端のしのぶにもなほあまりある昔なりけり 順徳院

★しのぶれど色に出でにけりわが恋はものやおもふとひとのとふまで 平兼盛

最後のギブアップですか?の橋本くんのしたり顔ちょーーーかわいい。

あと橋本くん読むのがぜんぶ恋の歌なのが、、!押し付けがましくなくいい塩梅で橋本くんがアイドルであるということを随所にちりばめてくれる本作、とても良いですね。

 

方丈記(1212年)

☆7/15追記

百人一首の後でした!冒頭を読む。

 

徒然草(1330年ごろ)

☆7/15追記

方丈記の後でした!冒頭を読む。

 

平家物語(1200年くらい)

 戦国時代の軍記物語。平家の繁栄と没落と対照的に反映する源氏のすがたをえがく。

琵琶法師により、琵琶の演奏に合わせて歌い継がれたことから、作品中ではギターの演奏に合わせて「敦盛の最期」を朗読します。

源氏物語の時の優しい声と平家物語の力強い声のコントラストがとてもよかった!けど私には難しかったです、、。

敦盛の最期、中学に教科書に載っている&いたはずですが、あらすじはこんな感じ。

敗戦の一途で海へ走っていく平家の中に、源氏の熊谷次郎直実は美しい大将を見つけます。「逃げるなんて卑怯だ!」という熊谷の招きに引き返したその武士を熊谷が押さえつけ兜を取ると、お歯黒をした16歳くらいの男の子だった。息子くらいのこの子を助けたい!と熊谷は思うが、「早く首を取れ」という男の子が言うので泣く泣く首を斬る。その後、相手の言葉を見て見ると、笛をもっており、前日源氏の心も魅了した笛を吹いていた平敦盛だったということがわかった。

 ☆7/15追記

これも、美少年敦盛側を橋本くんが読むようになってて、こういう演者が透けて見える演出はすきだなー!って思った!

合わせて、世阿弥の「敦盛」を紹介。

 

 ・風姿花伝(1400年ごろ)

世阿弥が描いた能の理論書。

劇中では役者の心得を朗読。このシーン面白くてだいすきだった!橋本くんが「美男子ならともかく~」みたいなの読むの良いよね!良い意味で役者と役の境界線があいまいになっていく演出は大好き。

☆7/15追記

役者の心得、の後に秘すれば花、も読む。ここの橋本くん本当に上手ー! 

 

曽根崎心中(1703年)

戯曲の紹介の流れで近松門左衛門の人形 浄瑠璃作品を紹介。

遊女と客の心中のお話。すみません、ここも次回ちゃんと聞きます(7/12時点)

☆7/15追記

風姿花伝の後でした。箇所は「道行」

勉強不足であんまり理解しきれなかったんだけど(オイ)、たぶん心中のシーン。

 

ロミオとジュリエット、真夏の世の夢(訳されたのが1909年)

坪内逍遥の翻訳を朗読。文語?っぽくなると印象変わるものだなあ、と面白かったです。

個人的には真夏の世の夢はおととしみたいまを生きるを思い出したりしました。

 ☆7/15追記

曽根崎心中の後。

ロミジュリは冒頭の、真夏の世の夢は終わりの口上を橋本くん、新納さんがそれぞれ読む。ここもすごい好き!

 

・おくのほそ道(1702年)

小林一茶の俳句(1800年くらい)

奥の細道は言わずと知れた松尾芭蕉の俳句。その中でときどき小林一茶の俳句を挟む。

東北の旅を描いており、日本の紀行作品の代表。

小林一茶はめちゃくちゃ句を詠んだことで有名とのこと(21200句。ちなみに芭蕉は1000句程度)

どの句が読まれていたかは次回以降確認(7/12時点)

☆7/15追記

分かる範囲で読んでたもの。誰がどれかはご容赦ください。

(とりあえず一茶は全部大島さん笑)

芭蕉

奥の細道冒頭

・夏草や 兵どもが 夢の跡

・閑さや岩にしみ入る蝉の声

・あらうみや さどによこたう あまのがわ

・この道やゆく人なしに秋の暮れ

・古池や蛙飛びこむ水の音

・五月雨を集めて早し最上川

・山路来て何やらゆかしすみれ草

 <一茶>

・すずめのこ そこのけそこのけ おんまがとおる

・やれ打つな蠅が手をすり足をする

・やせ蛙負けるな一茶これにあり

・蝉鳴くや我が家も石になるやうに

芭蕉

・行く春や 鳥啼き魚の 目は泪

・秋深き 隣は何を する人ぞ

・この道や行く人なしに秋の暮

・物言えばくちびる寒し秋の風

・旅に病んで夢は枯野をかけ廻る

書いてみて気づいたけど2回読んでる句あるっぽいな!?
 

・私の個人主義(1867年)

夏目漱石の講演録。

漱石の考える個人主義とは自己本位に立脚して、自己の発展に努めることだが、そのためには倫理的に洗練されていなければなく、人格のある立派な人間である必要がある、というような内容。

ここも難しかったな~次回以降もっとしっかり聞きたい(7/12時点)

☆7/15追記

俳諧のあとでした。

新納さんの朗読。ここもとても良い!抜粋の仕方もコンパクトで分かりやすくて好き。

 

正岡子規夏目漱石

☆7/15追記

個人主義の後に夏目漱石の随筆読んでました。

対照的な二人の関係性とかがわかって面白かったよ!

 

たけくらべ(1895年)

女流文学(とその言葉の差別性や、この時代までなかなか女性の文学が発展しなかった背景)の代表として樋口一葉を紹介。

吉原に住む少年少女3人の物語。

ここらへん難しくて記憶があいまいなので、次回以降はちゃんと聞きます、、(7/12時点)

たけくらべのたけってさ!っていう疑問を回収してくれたのはうれしかったな。

☆7/15追記

漱石の後でした。

雅俗折衷の様式の代表として冒頭を音読

これ原文読もうとしたんだけど難しいよね、、。音のきれいさを!っていう前置きあったけどわたしには難しい;;

 

・みだれ髪(1901年)

こちらも女流文学の代表として。与謝野晶子の歌集を紹介。

これも次回はちゃんと聞きます、、、(7/12時点)

☆7/15追記

読んでたのたぶんこのへん。

・その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな

・柔肌の熱き血潮に触れもみで寂しからずや道を説く君

・手枕に髪の一筋切れた音を琴の音と聞く春の夜の夢

・ゆあみして、泉を出でし、やははだに、ふるるはつらき、人の世のきぬ

・いとせめてもゆるがままにもえしめよ斯かくぞ覚ゆる暮れて行く春

・きのふをば千とせの前の世とも思ひ御手なほ肩に有りとも思ふ 

 

 ・蟹工船(1929年)

小林多喜二プロレタリア文学の代表。

蟹工船での労働を通して、労働者への資本側の非人道的な部分を描く。

劇中では歴史や現代における検閲、発禁とあわせて紹介。文学のもつ影響力を紹介してました。

 ☆7/15追記

女流文学の後だった。

 書き出しからはじまったもう一か所くらい。

検閲にくわえて焚書の話もしてましたね。

 

 

☆こっからかなり追加になったので順番通り書き直します。全部一文ずつかな。

 

・斜陽(太宰治 1947年)

蜘蛛の糸芥川龍之介 1918年)

或る女有島武郎 1919年)

・心理試験(江戸川乱歩 1925年)

・武蔵野(国木田独歩 1898年)

・桜桃(太宰治 1948年)

※太宰の二つ以外は7/14夜からの追加とのこと。

 

悲しい時こそ明るい物語を~みたいな一節で終わるの、今の世情と鑑みてかなりイケてるな!と思いました 

 

 

(7/12に書いたの)

後半に行くにつれ集中力がなくなったんだな!ということがよくわかりますね!!(記憶力よ、、)

あんまり覚えていないところも次回以降補完していければと思います!いや橋本担教養試されすぎだろ!!w

 

☆7/15追記

勉強していったら&全体の流れがわかっているので2回目はだいぶついていけるようになりました!

残りの公演も楽しみです~~橋本くん、大変な作品に出ているな!笑